野呂芳男「キリスト教の実存論的理解」1964

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キリスト教の実存論的理解


野呂芳男


初出:『創文』1964年 6月号、12−13頁




 今度創文社が私の「実存論的神学」を出版してくれることになった。誰にとっても自分の書物が出版されるということは、いろいろの感慨を伴うことと思うが、この場合の私にとってもそうである。

 神学という学問をしている人間は、いわゆるアカデミズムの中に閉籠るということができない。それが信仰をもつ自分や他の人々の生活に直接関係のある事柄であるから、意見の相違は生活を動揺させ、激しい論争にならないではすまないのである。私も好んでそういう中に飛込んだ訳ではないが、随分と異端視されてきた。併し、私のキリスト教の解釈の方が、実は古典的な解釈に近いのだと思ってきたから、何と言われても構わなかった。幸い少数ではあったが同じような意見をもつ人々に励まされ、また、同じような意見をもつ私よりも若い神学者たちも多く現われるようになって、この頃は信仰的にも学問的にも孤独ではなくなったことを喜んでいる。今度出版される「実存論的神学」は、論争の最中に思索し書いた諸論文を中心にして、それらを修正し追加したものである。

 実存論的神学と言っても、その中には種々の潮流があり、一概には言えない。ドイツの新約聖書学者のルドルフ・ブルトマン及び組織神学者のフリードリッヒ・ゴーガルテンたちは、ハイデッガーの「存在と時」の中の時間の理解に決定的な影響を受けて、それを土台にして新約聖書の世の終末に関する神話を、歴史の意味、また、実存の意味を明らかにする時の神話的表現であるとし、凡てを、今実存が真の存在たるか否かを問われているという角度から解釈する。私の恩師であったアメリカの組織神学者ポール・ティリックは、シェリングの後期の哲学に学び、実存論を含めた存在論的な神学を展開しているし、日本でもロシアの実存論的神学者ニコラス・ベルジャエフは哲学の領域で取上げられている。その他に、最近は前掲のブルトマンの弟子たちが、チューリッヒやベルリンなどの著名大学神学部の教授になり、沢山の学問的業績を出しているし、アメリカでも、ティリックよりも若い年代に多くの実存論的神学者が出ている。一例をあげれば、私の恩師であり友人であるカール・マイケルソンがそうである。こういう訳で、今はむしろ実存論的神学が正統主義になりつつあるのではないかとの感を抱かしめる程である。保守的な英国教会の中でさえ、最近ウールウィッチの司教ジョン・ロビンソンの書いた「神への真実」(Honest to God) が物凄い売行きを示して問題になったが、ロビンソンの立場は殆どティリックのそれである。そして、これらの潮流の源泉はあのゼーレン・キェルケゴールなのである。

 実存論的神学の出現には二つの理由があったと思う。両方ともに信仰と科学との関係であるが、その第一は近代人のもつ宇宙像の中世紀のそれからの変化であったと思う。近代になってから人々はぼんやりとではあるが、この変化を感じキリスト教信仰との間に溝があると思ってきた。併し、現代人はこの溝を直視しない訳には行かないし、神と宇宙との関係で、神そのものを考え直さない訳には行かなくなったのである。それとともに、近代人の自我の目覚めと自由の意識とを考え合わさなければならない。そうするとどうしても、神を人間の自由を束縛する一つの存在としてよりかは、人間を真に自由にするところのその人間の存在の根底として考えるようになる。

 第二の理由は、聖書の歴史学的研究であろう。聖書を一つの文献として取上げる学問的立場と信仰とをどう調和させたらよいかに、長いあいだ神学者たちは苦労してきた。聖書の中にある古い律法や世界(宇宙)像などの客観的な知識を受取ることを信仰と考えるならば、どうしても聖書を科学的に歴史的文献として研究する立場と信仰とは矛盾する。そこで、聖書の使命は移り変るそれらの客観的な知識を教えるところにあるのではなく、人間がどういう姿勢をもって実存して行く時に、真の人間として生きられるかという実存的真理を投げかけるところにその使命が存在するのだ、という実存論的神学の立場が出現しても不思議ではない。

 私自身はティリックとブルトマンとに一番影響を受けた。併し、いろいろの面で彼らの思想に賛成することができなかったので、自分なりの思索をし、これを発表する外なかった。私は若いのだから、これからもどんどん思索し、この方向を押し進めて行きたいと考えている。その意味で、多くの先輩の方々やこういう事柄に興味をもって下さる方々からの批評を戴き度いと願っている。批評を戴けたらそれを素直に聞き、それと真正面から取組み、誤っている点は修正し度いと思う。それだけの年はとったつもりである。


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入力:平岡広志
http://www.geocities.co.jp/SweetHome-Brown/3753/

2002.10.17