終末論について

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終末論について



野呂芳男
            


初出: 『聖書と教会』 1986年, 6月号, 日本基督教団出版局



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人類の最後の運命がどのようになるかについての教えや信仰が、いわゆる終末論と言われているものであるが、それは通常、主の日、裁きの日、死と不死、千年王国、イエスの再臨、主の永遠の支配などの教説を含む。このようなものとして終末論は、保守的な教義学が書かれる場合に、その最後の部分に若干の頁が割かれて、ひっそりと存在するのが常であったが、十九世紀の終わり頃から情況はすっかり変わってしまった。その変化は、ヨハネス・ヴァイス(Johannes Weiß)やアルバート・シュヴァイツァー(Albert Schweizer)などの研究が原因となって起こった。彼らが直接の相手としてのは、保守的なキリスト教理解というよりは近代主義的なキリスト教、イエスを人生論的な愛の説教者や社会改良家と見なしていたキリスト教であったが、併し、彼らの研究は保守的なキリスト教にも根本的な問いを提出したものであった。

 ヴァイスやシュヴァイツァーは終末論をキリスト教理解の中心に据えた。彼らの新約聖書の歴史的研究の成果によると、イエスは自分が生きているうちに世の終わりが来たることを信じ期待していたのであった。これがシュヴァイツァーの言う徹底的終末論(die konsequente Eschatologie)であるが、もしもイエスがそういう期待をもっていたことが事実であるならば、それから二千年近く経過した今も、まだ終末が来ていない事実をどのように考えたらよいのか。否、事実に反した期待の中に生き、そして十字架上で死んで行ったイエスをどのように理解したらよいのか。また、そのように事実に反した世の終わりへの信仰が、キリスト教の中心であるイエスを駆り立てていたことを思う時に、原始キリスト教においてこのように中心的位置を占めてた間近な世の終わりへの期待を、今の我々はどのように理解し、信じたらよいのか。このような焦眉の急とも言うべき諸問題が現代神学に突き付けられたのである。

 徹底的終末論を一つの極と考えるならば、その対極として考えられる意見がC・H・ドッド(C.H.Dodd)からだされた。彼の立場は「実現された終末論」(realized eschatology)と呼ばれているが、それは、イエスと共にすでに、世の終りたる神の国がこの世界の中に入り込んできていると、イエス自身も信じ、また、それを教えたとするものであった。ドッドは、世の終わりがこれから来たるものとして、イエスによって信じられていたことを勿論否定はしなかったが、強調点は徹底的終末論とはことなり、既にイエスと共に神の国、神の支配がこの世に到来している、というところにあった。このように「実現された終末論」は、既に神の国の最も重要な要素たる神の支配が起こってしまっている以上、その要素がまだこれから完全に実現されるものであっても、いつそれが完全に実現されるかはそれ程に重要な問題ではなくなる。

 今日も終末論の問題は相変わらず神学議論の中心をなし、既に述べた両極のいずれかに近い立場の種々の意見が出されているのであるが、それにからんで、終末論の様々な局面が論じられている。「聖書と教会」編集部の示唆に従い、なるべくハインリッヒ・オットの編集した『信仰の答』(Die Antwort des Glwubenes)の中にある質問を重んじながら述べることにするが、答えは必ずしも等しいものとはならないかもしれない。併し、質問と答えの叙述に入る前に、もう少し今日の終末論の諸説について検討する必要があろう。





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ヴァイスやシュヴァイツァーの徹底的終末論については既にある程度述べ、それが近代主義的なイエス像、近代主義的ヒューマニスト、社会改良家としてのイエス像に対する反発であることについて語ったのであるが、それではこの論の推進者たちが近代主義的な思想の枠を完全に抜け出ていたかと言うと、どうもそうではなかったようである。例えばシュヴァイツァーは、イエスがこの地上にまもなく来る神の国を待望していたので、そのイエスの行動及び発言はすべてその待望を前提としてなされ、イエスと世の終末との間にだけ通用するものだと考えた。したがって、イエスの倫理も中間倫理であり、今日においては、そのままの形では通用しない。そしてシュヴァイツァーは、そのようなイエスの倫理行動を支えていたもので、しかも今日の我々にも通用するような普遍的な倫理の基礎を探し求め、遂に「生への畏敬」に到達したのは周知の通りである。つまりシュヴァイツァーにおいては、近代主義的なイエス像への反発が、「生への畏敬」を実践することによって、この地上に少しでも我々が努力してきずき上げる(歴史に内在する)神の国という、近代主義的結論に帰着してしまっている。

 ヤン・ヴェーンホフ(Jan Venhof)は前にあげた『信仰の答』の中で、第1次世界大戦頃までのカール・バルト(Karl Barth)とパウル・アルトハウス(Paul Althous)の終末論に対する立場を超越論的終末論(die trandzendentale Eschatologie)という名称で分類しているが、無難な分類でろう。要するに、『ロマ書講解』(R ö merbrief,1921).時代のバルトや1920年代のアルトハウスの終末論である。この時代の彼らにおいては、終末は歴史の終りに来るものというよりは、どの歴史の時点をとってみても、それと直接に出会うところの永遠なのである。つまり、終末とは歴史を越えた永遠そのものであり、アルトハウスはこれを、価値論的な終末論(axiologische Eschatologie)とも言っているが、永遠が歴史のあらゆる時に価値を与えるものなのである。このように考えれば、バルトがイエスの復活の出来事の中で、それを越えた永遠を指し示すところの象徴的出来事と考えたのも不思議ではない。併し、二つの世界大戦を経てバルトの終末論もある程度変貌した。『教会教義学』の終末論を読むと、この地上で我々は神の国を指し示すような、それと幾分なりとも類比する愛の共同体を作らねばならないというバルトの主張に出会うが、これはヴェーンホフの言う目的論的終末論(die teleologische Eschatolgie)に分類できるであろう。アルトハウスにもバルトに似た移行があったが、それは『終わりの出来事』(Die letzten)の1933年版に見られる訂正によって明らかである。『キリストと時』(Christus und Zeit)のオスカー・クルマン(Oscar Cllumann)や、既に我々が紹介したドッドの「実現された終末論」もこの分類の中に入るであろう。神の国は単に歴史に対して超越している永遠であるばかりでなく、イエスにおいて歴史の中に強く入り込んできた神の恵みの働きのお陰で、我々はその恵みに支えられながら、この地上に神の支配が少しでも実現するように努めることが許されているのである。その意味で神の国は我々の歴史の目標でもある。

 ルドルフ・ブルトマン(Rudolf Bultmann)の終末論を実存論的終末論(existentiale Eschatologie)に分類することには、誰も異論を唱えないであろう。彼によるとこの世の歴史の終わりに到達する神の国という考えは、当時のユダヤ人の世の終わりに関する神話であるり、今日の我々にはそのままでは通用しない。我々が今日、世の終わりについて考える時には、年老いた地球が自然消滅するとか、大国間の核戦争によって地球上の生物がことごとく死滅するとかの仕方でしか考えない。これは天より人の子が下降して、千年王国が地上に実現するというような新約聖書の考え方とは相容れない。それ故に我々は、聖書の神話的表現の中の実質を浮かび上がらせるような仕方で終末論を解釈しなければならない。これがブルトマンの非神話化論(実存論的解釈)であるが、その結果、世の終わりは個人(実存)の死と解釈され、神の国(神の支配)とは、個人が自分の死をも含めて、神の恵みに自己を明け渡すこととなる。このようにして神の愛を信じる決断をなす時に、死によって終わる生は無意味ではなくなる。エミール・ブルンナー(Emile Brunner)も神と人との人格的な出会い(Begegnung)を中心として神学を構想し、終末論をそのような出会いの背景にはるものとして考えている以上は、実存論的終末論に分類し得るものであるが、併し、ブルンナーは人類の未来における希望を終末論において積極的に語ろうとした点では、実存の枠を越えて世界観を導入している。

 もしも未来的終末論(futuristische Eschatologie)という分類に入り得る神学者を今日の神学界で探すならば、恐らく誰でもが、ユルゲン・モルトマン(Jürgen Moltmann)とヴォルフハルト・パネンベルク(Wolfhard Pannenberg)をあげるであろう。併し、同じ分類に入れてはみたが、両者の違いも目立つ。とにかく、両者は歴史の未来に起こる終末の救いと裁きの出来事において神の支配が実現することを信じて、そこからイエス・キリストの十字架と復活とを理解する点では同一である。イエスの復活は、世の終わりに起こる出来事の先取りであり、ただ最初のものであるにすぎない。パネンベルクにとっては、世への終わりへの道程は救済史(Heilsgeschichte)を越えて世界史(Weltgeschichite)の中に実証的に辿り得るものであって、世界が文化的にも一つになり行く現実を終末への積極的な指示とみなし、それらを理解する理性の働きが信仰への準備となっている。それに対してモルトマンの場合には、終末は過去や現在の歴史的体験から、理性的に類推できるようなものではなく、神の約束(Verheissung)によって来るもの、全く新しく向こうから来るもの(adventus)である。信仰者はこの神の約束を信じて、それへの応答として希望に満たされ、社会を変革していく。

 もう一つ深化論的終末論(die Evolutions-Eschatologie)を最後に挙げておくべきであろうが、これを代表するのはテイヤール・ド・シャルダン(Teihard de Chardin)である。彼の思想は、ダーウィンの進化論がプロテスタントの近代神学の中で、歴史の未来の楽観論に変更されて受け入れられたものと異なり、単なる進歩主義的歴史観ではなく、壮大な科学的宇宙論を内包しようと努めたところの、神学と科学の総合であった。彼にとって宇宙は完成したコスモスではなく、生成しつつある宇宙(Kosmogenese)であった。宇宙進化は、物質→生物→自覚存在(人間)と進化してきて、宇宙的なキリストがイエスを通して歴史の中に内在することとなり、やがて終末ろのオメガ点で地球の歴史はキリストに満ちあふれたものとなる。しかも、この事実は、神の摂理の中にある他の宇宙空間と無縁の出来事ではないし、予想される地球の消滅をも越えて神の摂理は展開されて行くのである。





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 これ迄に我々は、おもに現代神学においてどのような仕方で終末論が考えられてきたかを概観してきたのであるが、そこで分類された終末論の諸型は、我々自身があらためて終末について考える場合に、どうしても考えて行かなければならない幾つかの問題を投げかけている。これらは『信仰の問い』の中で提起されているもので殆どつきているように思うので、我々もできる限り是を利用して行きたい。

 先ず取り上げたいのは、終末論は個人的なものか、それとも宇宙的なものか、という問題である。ブルトマンの非神話化論に見られるように、聖書における宇宙論的な世の終わりの叙述は、すべて今日の我々の科学的な世界観と衝突するものと見なし、聖書の指針と関係がない、とするのも一つの方法であるが、併し、個人の生が過去の人々、現在の周囲の人々の生とからんでいることを考えると、終末論から人類は今後どうなるか、また、宇宙は結局どうなるのか、というような宇宙的な規模の問題を全く棄て去ることはできないであろう。

 次に問題となるのは、終末論は現在的なものか、それとも未来的なものか、という点である。ここで言う現在的なものとは、現在の我々一人一人が、神の愛の支配の中に自己を投入するという決断をなし、その上で生活しているという状態、今既に救われている状態のことである。問題は、既に自分に終末の恵みが来てしまっているこの状態だけで、終末論は十分に解釈されているのか、ということである。やはりこれでは不十分であって、自己の生涯の終わり、死をも征服して永遠の生を死後に与えて下さる神の終末の恵みを信じえてこそ、今日の我々の生も希望に満ちたもの、真に救われたものとなるのではないか。

 最後に終末概念の象徴性の問題がある。死を越えた出来事は現在の出来事と連続してはいるものの、地上の生の事象からでは類推できないところがどうしても存在する。従って、我々の言語によって終末を語っても、それは限界があるのであり、叙述は、どうしても象徴的なものであると言わざるを得ない。それを承知の上で、どこまで終末について語り得るか、これは個々人の神学的思索の中で決断しなければならない事柄であろう。




入力:岩田成就
2002.5.24






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