野呂芳男「神話の季節の再来」

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神話の季節の再来


野呂芳男



           


初出:『キリスト教学』16-17号、立教大学キリスト教学会、1975年、11-36頁。






 昭和51年3月には、名実ともに私共キリスト教学科の重鎮である竹内寛先生が専任教授をご退任になる。先生の温かい人柄は多くの人々に感化を与え、先生の中庸を得た神学は私共の指針であった。先生のご貢績をたたえ、また、今後のご活躍を期待し、感謝をこめてこの論文を先生に献呈する。







 ルドルフ・ブルトマンが提唱した聖書解釈方法論としての非神話化論は、周知の如くただ聖書解釈に関する論議の輪をその周囲に引き起し拡げたばかりでなく、組織神学の分野でも決定的な影響を及ぼした。それは勿論のこと、ブルトマンの非神話化論が、も早や今日の人間には全く通用しなくなった聖書の中の天・地・冥府という三階建ての世界像(Weltbild)や、やがてこの歴史の終りが歴史への神の直接介入によって到来するというユダヤの黙示文学的終末観の 削除 ではなく、それらの世界像や終末観を前提として成立していたメッセージの 解釈 を目指していたことと相即する事情である(1)。と言うのは、聖書からこれらの世界像や終末観を削除することは不可能であったからである。聖書の中の記述のすべてが、これらの世界像や終末観に基礎を置き、否、これらに全く包まれているのであり、そして、こういう事情にある記述こそ、まさに 神話 と呼ばれるものである。従って、神話からあの世界像や終末観を削除すれば、跡には何も残らない。そこで、現代の信仰者は、自分や隣人の生活にとって、意識的にも無意識的にも前提となっている科学的世界像に抵触しない仕方で、聖書の神話的記述の 内実 を翻訳し移植する必要がある。ブルトマンの提唱は、この 内実 終末論的人間論 であると主張するにあった。この内実の明瞭化が、それ迄の組織神学が安住してきたキリスト教理解に衝撃を与えたのである。

 宗教学的に言えば、神話はすべて人間論の古代的表現であるが、特に聖書の神話においては、その人間論は終末論的である。私はこの小論で、聖書神話の中に含まれている神の国の到来、世の終りへの待望や思索を終末観と呼び、その終末観に包まれていつつも現代人の生の中へ移植し得るものを終末論と呼ぶことにするが、聖書神話の終末観によれば、世の終りは人間の行為や業績に依存せず、全く神の創造的行為、神からの恵みの賜物として到来した。この神の国に入るためには、人間は悔い改めねばならなかった。悔い改めとは、神の前に自分を義なる者に見せようとする人間の思い煩いの放棄である。自分の努力で律法を守り、それを神の前に功績として積みあげて、神の国に当然入る資格があるとするような人間の誇り、当然神は歴史や自然に対してこのように行動すべきだと、人間が自分に都合がよいように勝手に作った歴史の進展のプログラムや自然の運行の仕組みに、神を押し込めようとする人間の傲慢を棄てて、神の国を神の意志する状況の中で、神の意志する時に来たらしめること、そういう神の意志に人間が自分自身やこの世への一切の依存や執着を棄てて服従することが悔い改めであった。

 イエスの生涯、特にその神の意志への服従の結果である十字架の死は、我々に、この世的なもの、自分の力で確かめてそれに依存し得ると我々が判断し得る如きもの、即ち、主観たる我々が客観として自分たちの向う側に措定し得る如きものへの依存を断ち切るようにと我々に呼びかける神の言葉である。そういう神の言葉への服従が、自分で支配し得る我々の生の根拠の一切の放棄であり、将来の中に神の支配のみを信じ頼って歩み入ることであり、我々の生の復活なのである。イエスの復活伝承は、まさにこういう我々の生の復活体験と相即したもの、イエスの十字架の出来事に関する、信じる者の生の体験と相重なりあった解釈なのである。三階建ての世界像や終末観を受容しないでも、その内実、即ち、我々を神の意志の導きに全くゆだねる時に我々は神に喜ばれるものとなり、真の自分自身となり得るという終末論は、今日でも我々が体験し得るものである。

 このようなものとしてイエスの十字架と復活は、我々を真に実存させるところの神の語りかけ、ケリュグマなのであるが、このケリュグマのみを頼り自分にとって支配可能なもの――律法による自己の義も含めて――を放棄し、将来の中に踏み入るということは、神に一切を委ねたところの、将来に向って開放された我々の生の姿勢を意味する。これを神を思索する分野で表現すれば、「主観−客観の構造図式」の超克となる。神は、我々にとって理性・感情・経験等により支配可能な、主観たる我々にとっての客観であることを止め、我々をあらしめ、我々の支配不可能な将来の中に我々を歩み入らしめ、自由に生かしめる絶対者であり、私が自由に真の私自身であるというまさに主体的現実が、そのままで神のいアガペーによる絶対的な捕縛なのである。信者の体験はそういう逆説的なものであるが故に、そこでは伝統的なアルミニァニズムが予定論の真理契機を保存し得ていなければならない。

 ところで、「主観−客観の構造図式」の超克は、その土台として次元的思考をもつものであることを、我々は確認しなければならない(2)。私が自由に真の私自身になるという主体的現実は、神と私との関係の次元(A)であるが、私はもう一つの次元で世界との関係をもっている。世界との関係という次元(B)では、我々は責任ある管理者として神から委託された世界を、神の意志と我々が信じるところに従い創作して行かねばならない。ここでは「主観−客観の構造図式」が、我々の世界に対する関係の正しい表現である。要するに我々が避けなければならないのは、次元(A)と次元(B)の 混同 なのであって、両者の区別は守られねばならない。混同とは我々の未来は神の手中にあるにも拘らず、次元(A)たるその事情に、自分で支配可能な自分の道徳的業績や世界(歴史と自然)への理性的探究――これらは次元(B)に属する――でもって介入しようとすることである。併し、両次元の区別が守られた上で、我々は管理しなければならない事柄への責任を十分に自覚しなければならないこと勿論である。未来は神の手中にあるからと言って、我々が現在しなければならないことをせずに僥倖を待ち望むことが信仰ではない。

 次元(A)と次元(B)とを区別することは、両者が相互に 影響する という事情に我々を盲目ならしめてはならない。この相互影響という事情こそ、ブルトマン後の史的イエスの探究と論議のもつ神学史的意味である。史的イエスの探究は、イエスに関する資料という我々の管理範囲内の材料を土台としてなされる。ブルトマン後の史的イエス論議は、それらの資料よりイエスの言葉や喩えを、また、イエスの行動の動機や人格の特質などを探究し、そこにケリュグマのキリストによって表現されているものと質的に連続するものを引き出し得たとなしている。この探究は次元(B)に属するものであるが、ブルトマンの実存論的聖書解釈を通過してきただけあって、教会の伝統やドグマ、あるいはヒューマニズムやその他の諸思想によるイエスについての恣意的解釈を排除しようとしている。むしろ、次元(A)がしっかりと独立の次元であることを保っていてくれるが故に、次元(B)がそういう恣意的解釈からまぬがれているし、逆に、我々の史的資料に対する責任ある管理が、ケリュグマのキリストが歴史から遊離することを防ぎ、神の言葉の歴史の中での受肉というキリスト教の真理を護っている(3)。

 ブルトマン後の史的イエス探究は、次元(A)というケリュグマのキリストに対して人間が終末論的・実存論的に決断(Entscheidung)をなすところのキルケゴール的情熱の次元と、資料批判という冷静であるべき学問的次元(B)との両方に−−両次元を混同せずに−−跨っている人間 体験 にかかわっている。私は既に大分前から(4)、体験という言葉を人間の生の諸次元の綜合を表わすものとして用いてきた。水面に鳥が降りてきて浮ぶ時に、それを中心にして幾つかの輪が広がって行くように、イエス・キリストへの実存的決断という全くのめぐみの出来事(実存的次元−神学の次元−次元〈A〉)の周囲に、政治・経済・社会等の諸科学の領域(次元B1)があり、更にその外側には、自然科学の領域(次元B2)が広がっていて、これらの諸領域は相互に独立性を保ちつつ有機的に影響しあい、体験を構成しているのである。

 私はこれ迄、神学(組織神学)の労苦は次元A――垂直の次元と言ってもよい――に限定されるべきであると言ってきたが、併し、神の働きが水平の次元――次元B――にも当然のこと存在するために、神の愛の業を妨げる不条理について、不条理を克服し、利用し、その間を縫って自己目的を追求する神の摂理について、死後の命について、語らざるを得なかった。そして、こういう水平の次元での思索が、意識的にか無意識的にか、私の神に関する思索に影響してきたことも、私は認めざるを得ない。ここには、ブルトマン後の史的イエスの探究が当然起らざるを得なかったのと同じ事情がある。体験全体をその次元Aを中心にして理解する思索の労苦を、私はここで哲学的神学と呼ぶことにしたい。

 この我々の試みは、バルトの『教義学』での試みとは明らかに異なっている。彼の体験全体の理解、現実の理解は、全く一方的に聖書の中から我々に語りかけてくる神の言葉による。そこには、我々が考えているような体験の次元的区別や各次元の独立や、それに立った綜合はない。バルト神学がブルトマンの提唱した如き非神話化論を採用しなかった以上、これは当然の帰結である。我々の試みは、新しい形而上学の試みであるとも言えよう。併し、それは飽くまで神学的形而上学、イエス・キリストの出来事の啓示する神のアガペーこそ、実在全体の意味を解く鍵であることを謙虚に認めた上での形而上学である。要するに、これは、非神話化されたケリュグマを、現代的に理解された体験の諸次元と有機関連に入らせる形而上学である。

 私は今や、これ迄以上に人間個人や人類の宿命(5)に関しての物語り(story)(6)をすることに躊躇を感じないであろう。人間がどこから来てどこへ行くのか、この生の意味は何か、神と人間と宇宙とはどういうロマンを創作しつつあるのか、このロマンの結末は何なのか、私は自分自身胸を躍らしながら語りたい。この物語りの内容は、勿論、実証の範囲を遙かに越えるところまで行ってしまうので、ある人々はこれを神話と呼ぶであろう。そのように呼んでもよいと私も思うが、併し、その場合には、この神話はブルトマンの非神話化論の対象となったあの神話ではない。新しい宇宙観や自然や歴史に対する感覚の中で展開される神話である。体験の諸次元の綜合たる物語りの必要性は、特に希望を論じる時に明白である。未来をどのように形造るかは、現実が過去から今にかけてどういう展開をしてきたか、それを踏まえて今から後、我々はどういう仕方で行動すべきかにかかっている。どうしても物語りが必要となる。人間は抽象された点の如き今に生きているのではない。希望に胸をふくらませて、我々は今、新しい「神話の季節」の中に歩み入りつつある。


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 コックスによると物語りにも二種類あって、その一つは自伝(autobiography)あるいは、証言(testimony)であり、それは神々や悪霊たちに対する話し手の格闘を一人称で叙述する。もう一つは「民衆の宗教」(people's religion)とコックスが呼ぶものであって、民衆全体の集団的物語りであり、それには、通俗音楽や民間伝承の薬と同じく、迷信や慣習や俗悪さが混じているのが普通である。併し、コックスは両方の物語り形式が宗教には不可欠であることを言うが、確かにその通りであろう(7)。ところで、哲学的神学にも、自伝的物語りに近いものと、集団的物語りに近いものとでは、自らニュアンスが異なってくる。我々はここで、自伝的物語りに近い哲学的神学として、小田垣雅也氏の『解釈学的神学』を取りあげてみよう(8)。自伝的物語りも当然のこと、世間の諸事件の流れの中に展開されるものであるが、しばしば著者は自己自身の内面風景の転変の面白さに引摺られて、それを読者に語ることに夢中となり、その内面風景が結局のところは、世間の諸事件の底流をなし、それらを導いていく あるもの と係わりをもつことを忘れてしまう。

 小田垣さんの『解釈学的神学』は二部より成り立っているが、第一部では、近代神学や弁証法的神学やブルトマン学派(ブルトマン後の神学者たちを含む)がイエスをどのように理解してきたかが、神学史的に叙述されている。この叙述を通して我々が知り得ることは、小田垣さんが史的イエスとの出会いの中で神を体験し得るとなしている限りでは、矢張ブルトマン後の神学者たちの系列に属するということである。併し、小田垣さんによれば、ブルトマン後の神学者たちも「閉鎖性」――人間が真に自己自身であろうとし、自己の将来を自己からのみ創作することを閉ざし、妨げる何かをもっている状態――から完全には解放されておらず、また、「主観−客観図式の超克」が十分になされていないのである。彼らの主張する神も、人間(主観)の外側から人間に向って来る存在者(客観)であり、こういう主観−客観の図式で神が考えられている限り、人間は、自分の外から枠として与えられる神の語りかけに縛られてしまい、自分自身を真に自由になし得ない。小田垣さんによれば、真のキリスト論は非閉鎖的なもの、人間を真に実存させるものでなければならない。

 併し、小田垣さんの独創性が発揮されているのは、この書物の第二部においてである。シュライエルマッハー、ディルタイ、ブルトマン、前期のハイデッガー、バルト、パンネンベルク等の解釈学を批判した上で、小田垣さん自身の解釈学的神学が後期のハイデッガーの解釈学に依存しながら展開される。後期のハイデッガーにおいては、存在は「臨在するものの臨在」(das Anwesen des Anwesenden)であり、「存在は臨在すること、現われるに至ることという、起る出来事なのである」(傍点原文)(9)。そして、ハイデッガーがここに言う出来事は、存在と人間という両者がまずあって、それから両者が何かの機会に相互関係に入る、ということではなく、初めにその出会いがあって、そこで存在と人間とが現われるようなもの、主観−客観図式では把握され得ないようなものである。

 ところで、ハイデッガーによれば、人間は存在たる「臨在せんとするものの臨在」によって、存在の自己表現のために必要とされている。存在は、それ自体との関係に人間を呼び込むためにイニシアティヴをとり、人間に語りかけるが、その存在の人間への呼び声が 言葉 なのである。存在の呼び声としての言葉こそ、人間が言うべきことを持ち得る可能性であり、人間の本来的言葉の条件なのであるが、この事情をハイデッガーは「言葉が語る」と言う。すなわち、人間の あれ これ の言葉は、それらが本来的言葉である時、人間のそれらの言葉を通して、人間やもろもろの存在者(物)を あらしめている 言葉たる 存在そのもの が、そこで自己を開示しているのである。

 さて、小田垣さんの独創性は、言葉たる存在そのものの開示が、史的イエスの言葉、特に譬えにおいて我々に出来事として起る、という主張にある。史的イエスの言葉との出会いそのものが、そのまま、(イエスにあのような言葉を語らしめた)言葉たる存在そのものとの出会いなのである。否、出会いというのでは、既に我々は「主観−客観図式」の思索に把えられてしまっている。何故なら、出会いという以上は、相向いあう二者が想定されているからである。むしろ、史的イエスの言葉が私の実存において、存在の呼び声そのものとして聞かれるのであり、そういう出来事の生起そのものが神の啓示なのである。歴史批評学的研究の対象となる史的イエスの実存そのものたる彼の言葉が、我々を真に実存させるケリュグマのキリストとなるのであり、そういう事情の中で真のキリスト論が、即ち、ヒストーリエ(Historie)と終末論的なゲシヒテ(Geschichte)という歴史の両次元を踏まえた解釈学的なキリスト論が姿を現わしてくる。

 更に、小田垣さんの解釈学的神学は、人間が啓示の外に立って啓示について、あるいは、神について対象的に語ることを拒否するため、神を 他者 人格的存在 というように、人間の向こう側に立つ一存在とすることを否定する。そこで、小田垣さんによると、神を表現するもっとも適当な言葉は「無」である。これは、有に対立する無ではなく、言わば 絶対無 であり、すべてのものをあらしめる無、他のもろもろの存在(物)と並んで、その間に介在する一存在ではないが故に無である。

 幾つかの根本的な批判が、小田垣さんの解釈学的神学に対して向けられねばならないであろう。先ず、小田垣さんが神を 他者 人格的存在 という仕方で語ることを拒否する点であるが、私も神を他の諸存在の間に介在する一存在者であるとは考えないが、併し、私は神を一存在者の如く人格的に語って一向に差し支えないと思っている。神が文字通りに一人格者(a person)であるとは思わないが、キリスト教の言うアガペーの神は人格的なもの(The person)であり、人格的 象徴 (symbols――ティリッヒの使う意味でのそれ)(10)によってでも表現しない限り、表現できないリアリティーがキリスト者の神体験にはあるのではないか。やがて小田垣さんも神学の各論を、即ち、贖罪論や義認や聖化やキリスト者の生活を、あるいは、三位一体論を何らかの仕方で語らない訳には行かないであろうが、その折には、たとえ神を無、あるいは、絶対無で表現しようとも、その無あるいは絶対無の人間に対する愛・恵み・慰め・命令等について語らざるを得なくなろう。そういう信仰体験の事情を、我々は神が人格的であるという主張で意味しているに過ぎないのである。

 次にこれ迄の批評と不可分離なものであるが、小田垣さんの「主観−客観図式」による思索への嫌悪は、「我−汝」の人格的逅迄もその図式の中に取り入れ、誤ったリアリティー把握となす点で、我々には賛成できないものである。物体を客観的に把握するような姿勢で、物体ではないところのリアリティーそのものや人格的なものを把握しようとするところに、いわゆる「主観−客観図式」による思索の誤ちがあるのである。我々は勿論ここでマルチン・ブーバー(Martin Buber)の「我−汝」「我−それ」の二つの基本語を想起しつつ語っているのであるが、ブーバーの場合、「我−汝」の汝は必ずしも 人格 である必要はなく、私を真に私にするところのリアリティーそのものであってよかったのである。併し、そのものは私にとって汝という仕方で表現されざるを得ないもの、人格的なものであった。ブーバーの場合には、対象的把握の折の我々の基本姿勢を、「我−汝」の基本姿勢で把握すべきところにまで持ち込むことの拒否であったが(11)、小田垣さんの「主観−客観図式」による思索への嫌悪は、いかなる形においても汝として我々に出会うものの拒否であり、私がここで心配するのは、この小田垣さんの拒否が、いつのまにか人間を逆に「主観−客観図式」の中でだけ思索することに転落するのではないか、という点なのである。人間は「主観−客観図式」の思索では把握し切れない存在であるが、それは人間が 何ものかに向って決断する存在、責任ある存在 だからなのである。ところが、小田垣さんの思索では、その が失われるのであるから、その思索に浸りつつ長い期間生きていると、いつのまにか人間は生の流れにただ浮び流れて行く一つの物体の如くに自分を感じることになるのではないかと、私は危惧するのである。勿論、私も、人間は自分の生を思う通りに形成し得るとは考えていない。宇宙大のリアリティーの中の微小な人間存在は、確かに、この大きなリアリティーに左右されつつ生きている。併し、人間は自分に与えられた可能性を、最大限に生きる責任があるのである。汝を失った神学は、まさに自己の内面への沈潜を色濃くした自伝に近づく。

 アメリカ合衆国滞在期のフリッツ・ブーリー(Fritz Buri)は、今我々が論じている事柄への理解に示唆を与えてくれる。ブーリーによると、科学的知識の対象とならない――我々の論じてきた文脈に換言すれば、「主観−客観図式」の思索では把握し得ない――二つの実在を、我々は考えねばならない(12)。一つは人間であるが、人間の本性は決定されているものではなく、人間の自己理解の中でのみ現実化される。もう一つは存在そのものであるが、これは、その全体において我々の把握を超越しており、我々が存在そのものに気付くのは、我々の個々の知識のもろもろの境界においてなのである。存在そのものによって我々が限界付けられていると気付いたからと言って、別に我々は何か新しい情報を得る訳ではなく、我々がそれ迄客観的に知っていた事柄が、特別の光に照らされて見えるようになるだけである、とブーリーは言う。人間に関して言えば、人間はいつも、自分が自分について客観的に知っていると思っているもの以上の存在であり、自分はそうあるべきであると思うところのものに既になっているとしても、その状態を継続するために意志しなければならず、まだなっていないならば、これからそうなるために意志しなければならないのである。要するに、人間は客観的把握を越えるものであるが、全体としての存在そのもの(Being-as-a-whole)に関しても、それを客観化し得るのは絶対精神(The absolute mind or spirit)によってだけである。これら二実在について知ることは何ら我々の知識の量を増すことではなく、我々のもつあらゆる知識と我々自身とを質的に変化させるものなのである。それは、存在そのものの神秘(mystery)の中での我々の責任性の自覚をもたらす。存在そのものから自分に与えられた領域の中で、人間は責任ある生活を実現すべく呼び出されているのであるが、この事情に気付くことが信仰なのであり、そこで人間が自己の本質を実現すべく召されていることから、人間は存在そのものを 恵み として感じ取る(13)。

 我々の本質を実現すべく我々を召す汝としての存在そのものは、ブーリーにとって人格的にしか象徴し得ないものであるが、この点を主張しながらブーリーが、マルチン・ブーバーの次の言葉を引用しているのは印象的である。「もし神を信じることが、三人称で神について語ることができるということを意味するならば、私は神を信じていない。もし神を信じることが、神に向って語ることができるということを意味するならば、私は神を信じている」(14)。従って、究極的には祈りこそが、神に関する唯一の妥当な話法となる。

 人間が自分自身の在り方について主体的人格として責任を負うものであり、また、人間存在の奥底からそのように命令しつつ人間に無制約的に働きかけてくるものがあることを、我々は既に考察したのであるが、ブーリーによれば、この「人格的責任の無制約性」(unconditionedness)をあらわす神話的表現が神なのである。責任をとるようにと我々に呼びかける声に関して神話的に語らないならば、我々は、責任という事態に含まれている無制約性の本質を明白にすることができない。勿論、この声は、我々に向って我々の言語で語りかけ、我々の心の中で生起し、我々に向って我々を取り巻く環境から話しかけてくる。しかも、それは単に、私の心、私の隣人、私の状況の声ではない」(15)。こういう神こそ我々がキリストにおいて出会うところのものであり、神は、我々の人格性の超越的次元(the transcendent dimension of our personhood)、我々を責任にまで呼び出すあの声なのである(16)。我々はブーリーの如くに神を考えることに賛成なのであるが、そうであれば、神が人格的であると主張しても抵抗を覚える必要はない。更に、ブーリーによれば、このように 語る神の人格性 (persona Dei loquentis)について思索することは、必ずしも存在の比論(analogia entis)の道を辿ることにはならない。確かに、存在の比論の道で思索すれば、神が他の諸存在から比論的に類推される客観的一存在者になりさがってしまう。むしろ、ブーリーが我々に推挙する道は信仰の比論(analogia fidei)である。ここで言われている信仰とは、我々の人格性のもつ無制約性を知ることであり、そして、その は、その無制約性の中で生きることそのものの中において生起するのである。比論によって意味されているものは、その無制約性において生きることそのものの中に当然使用されるところの、話法と思惟との人格的形態なのである。ブーリーによれば、人格(persona) はper-sonare(響きわたる)の意を含むもの、無制約的なものの声が響きわたり浸透してくるもののことである。そして、その声がひびきわたることと、それが聞かれるということが互いに向いあう性格を失うことはない。この性格を失ったものが神秘的一致(unio mystica)なのであるが(17)、我々が既に検討した小田垣さんの解釈学的神学はこの神秘的一致の神学であると言い得よう。それに反して、我々も賛成するブーリーの立場によれば、呼ぶものと呼ばれるものとは、後者の服従と決断という行為において、向いあっているという性格を――どれ程両者が融合したところで――決して失わない関係をもっている。

 ところで、我々のように立場を設定して神を人格的なものとすれば、神と私の宿命、神と人間集団、神と宇宙等の関係のロマンが、福音の物語りが語られ得る。それは、コックスの言う「民衆の宗教」となり、個人の内面に沈潜する主観性を脱却し人々の満ちあふれる街路に出て、肌を汗とほこりにまみれさせた民衆とまじりあいつつ、一緒に歩いて行く目標をもつことともなるし、共に歩み行くその苦難を慰め合い、宇宙の目標を皆と共にもつという希望をわかち合うことともなる。


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 コックスが「民衆の宗教」という言葉を使った時に、彼は歴史上既にあった宗教の様相をイメージとして浮かべながら考えていたと思われるが、この言葉を私はむしろ、自分の信じる神と宇宙とのロマンが、私をかりたてて汗とほこりにまみれた街路に皆と一緒に歩くようにさせるようなものでありたい、という切望として使いたいのである。私の提供する神話がたちまち民衆に受けいれられ、民衆運動の宗教的中核となるなどというような、大それた傲慢なことを考えている訳では全くない。そうではなく、あの哲学者のシモーヌ・ヴェイユ(Simone Weil)がカトリック教会の信仰に接近しながらも、バプテスマを受けないで、教会の外にある人々との一体性を自己自身確認した態度をよしとするのである(18)。勿論この態度への憧憬は、私が自分のバプテスマ受領を誤謬であったと認めるというようなことで満たされるものでない。それは私から、神学的にもっと根本的な解決を要求する。

 救われない者と救われる者との区別を神学的になくして、すべての者がやがていつかは救われる、とすることによって、我々といかなる人との間にも人間の生の基盤に全く差別がないようにしなければならない。我々を憎み・傷つけ、我々の敵となり我々に死をもたらす如き人物であっても、その人もいつかは神に救われて行く、神にとって無限に大切な魂なのである。不満と憎しみとにさいなまれている人物も、荒涼たるニヒリズムの苦しみ、冷たい石の如き心のもつ苦悶を通過して、やがていつの日にか愛の尊さに目覚めて行くのである。例え、ローマ人への手紙8章のパウロの言葉をすべての人の救を含む万有救済説と解することができないとしたところで、イエス・キリストによって啓示された神の 力に満ちたアガペー を信じる我々には、万有救済説は当然のこととならねばならない。カルヴァン主義の二重予定論の如きは、まさにジョン・ウェスレーの言う通り、神を悪魔よりも悪しき存在に変えてしまうものである。滅び行く者の存在を許容することは、そういう者を造り、滅びの苦しみを経験させ、責め・さいなむ神を想定することとなるか、あるいは、その者の滅び行くことに自分自身苦しみながら、しかも無力で何もできない神を想定することとなる。無力な愛は、それが人間同志の地平で互いに向けられたものであれば慰めを提供できるとしても、それが神から我々に向けられた場合には何の役にも立たない。

 人間の自由意志や主体性を強調するために、人間が自分の責任で最終的に神のアガペーを退け、救われ得ないことがあり得るとするのも、我々のとれない立場である(19)。成程、時間の経過の中での我々と神との交わりにおいて、アガペーなる神が力まかせに、強制的に我々を導かれるということはない。こういう点で、ホワイトヘッド哲学に影響されたプロセス神学の神観には、我々が確かに首肯しなければならないものがある。神の導きは、むしろ我々を説得し、我々が主体的に納得して行動することを待つ。その点、神の忍耐は恐ろしい程に気長なものでもあろう。併し、信仰は、神の歴史に対する目的や人間の救が、人間の主体性や自由意志によって少しでも不確かなものとなることには我慢できない。信仰は、思索の合理性を無上のものとする哲学とは違うのである。従って、ここで信仰は、永遠と時間との質的断絶、創造者なる神、歴史に超越する神を要求する。時間の経過の中における神のアガペーが人間の主体性を重んじて下さるにも拘らず、否、それ故にこそ、究極的にいつも神のアガペーは人間に対しても勝利者であり、必ずすべての人間を救われるのである。こういう点で、私はプロセス神学の神に与することができない(20)。逆説的ではあるが、神の目的成就の確かさが、我々を自由なる決断に駆り立てることも真実なのである。神の目的成就が確かでなければ、自分の一つ一つの決断が全宇宙の運行を、後始末もできないような仕方で破滅へ向かわせてしまうかも知れないという恐怖のため、我々は初めから決断への自由を放棄してしまうであろう。と言って、私は、我々の一つ一つの決断が無謀なものであってよいとは毛頭考えていない。要するに、時間における人間は徹頭徹尾主体性の中に生きねばならないのであり、そこではいささかも決定論や運命論の入り込む余地があってはならないが、それにも拘らず、否、それ故にこそ、神の目的成就が永遠において確信されねばならない。永遠と時間との混同は決定論を生むだけであり、両者の質的断絶がきびしく守られねばならない。喩えでも使うならば、一巻の巻物が永遠に当り、それが繰りひろげられたものが時間ででもあろうか。時間の中に生きる限り、我々にとっては巻物は少しずつ繰りひろげられ、我々がその中に書きこんで行かねばならないのである。

 永遠と時間との質的断絶との関連で、我々が考察しなければならないもう一つの事柄は、ギュスタフ・アウレン(Gustaf Aulen)が贖罪論との係わりで問題とした二元論であろう(21)。周知の如く、アウレンは贖罪論において、アンセルムスによって代表されるラテン型や、シュライエルマッハーによって典型的表現を得ている主観説を退けて、もっとも聖書的であり、教会教父やルターの贖罪論でもあった古典説(あるいは、演劇説)を採用する。それは、時間経過上での現実を神と悪魔との劇的闘争として二元論的に理解するものであり、キリストの十字架と復活とは、神がそのアガペーによって悪魔に打ち勝ち、悪魔の捕虜となっていた人間たちを解放した事件であった。ところで、アウレンの言う二元論は相対的なものであり、時間経過上での事柄であった。永遠においては、神が絶対的な支配者であり、そこには、神の支配が悪魔的勢力により脅かされるというような一抹の不安も不確かさもあってはならなかった。これは、まさに我々のよしとする永遠と時間との質的断絶の論理である。

 聖書の悪魔は、神の意志に反抗し、人間を神の意志から離反させるために活動する存在なのであるから、それを非神話化して今日の我々の実存状況を表わす言葉に理解すれば、人間を非人間化する不条理(the Absurd)となるであろう。時間的現実は、アウレンが主張する如く二元論的に考えられるべきであろうが、それは神の創造性と不条理との二元論と見做されねばならない。神の創造性と雖(いえど)も、不条理の働きを容認しなければ、その働きを展開できなかったのであり、我々はそこに人間の原罪や、それと密接不離の関係にある社会悪や、更には、自然悪の根源を見るべきなのである。今日、この不条理を (He)と呼ぶのはあまりにも神話的であるが、そうかと言って それ (It)と呼んだのでは、その気持ちの悪い執拗さを表現できない感がある(22)。いずれにしろ、神は、できる時にはこの不条理を破滅させ、それができない時には不条理を迂回し、利用できる時には不条理を利用して、これら不条理の間を縫いながら、その創造的摂理を実現されて行くのである(23)。

 アウレンの主張する如き古典説の欠点は、イエス・キリストの十字架と復活とによって、悪魔的勢力が決定的な敗北を喫し、その後は余喘(よぜん)を保ったに過ぎない、というところにある。何故なら、キリスト以後も、現実の不条理は余喘を保つ如き状態にあるどころか、むしろ、その力は増大してきているとも言い得るからである。従って、キリストの出来事は神の歴史内での創造的働きの象徴、神のアガペーの心の啓示であり、また、神への信仰とは、人間がいついかなる時でも、十字架に象徴されるが如き詮方無い状況に追いこまれても、復活に象徴されるが如き神の無を有に変える創造性によって希望をもっていなければならない、という人間の実存的姿勢そのものなのである。

 カルケドン信条のキリスト論における神・人二性の一人格という表現は、イエスによって典型的に最善の形で表現されている神と人間との結合を表わすもっとも良いものである。人間は誰でも神から 分離されてはいない のであって、その魂の奥底において人間性を支える神の創造性と接触する。併し、その接触は神と人間との 混合ではない 。人間の原罪とは、混合していないが、併し、分離しようと思ってもできない、この神の創造性から自己を独立させようとする、人間の自由に浸透している不条理である。この不条理のために、人間は真の在るべき自己から疎外状況にある。パウル・ティリッヒは、神を存在の根底(the Ground of Being) とすることによって、恐らく神と人間との分離せず、混合せずという関係を表現しようとしたのであり、私もこの点では彼と同調するのであるが、私はティリッヒと違ってアウレンやルイスに従い、存在の根底を二元論的に考えたいのである。ティリッヒは一元論に立って、現実の悪の究極の原因を存在の根底たる神そのものの中に、存在の根底の深淵(the Abyss) 的性格に帰している(24)。私には、私の夢であり あこがれ の、また、礼拝の対象である神に、不条理や苦しみを帰することができない。少くとも神だけには、不条理や汚れや苦しみ――神は我々に同情はされても、我々のために苦しむことはない(フォン・ヒューゲル)――があって欲しくない。我々の周囲の現実の中に、それらは多すぎる位あるのであるから(25)。

 ブーリーのように神を我々の人格性の超越的次元、我々を責任にまで呼び出す声と考えるにしても、小田垣さんのように神を存在の呼び声、無として考えるにしても、共にキリストとしてのイエスの出来事において、その呼び出す声の性格を考えている限り、神はアガペーなのであろうが、これら二人の神学においても、その神のアガペーと、我々の体験する現実の中にある悪との相互関係の思索がないので、いつのまにか二人の神学の性格が楽天的性格を帯びてくるのは止むを得ないことなのであろう。人間性の超越の次元が必ずしもいきなり我々を隣人へのアガペーの責任にまで呼び出す声にならないかも知れないし、存在の呼び声は、あるいはディオニソス的陶酔へ我々を誘うものかも知れないのであり、そうならないためには、超越の次元や存在の呼び声を前述した如くに二元論的に考える必要がある。


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 私の提案したい民衆の宗教、神と宇宙のロマンたる神話は、神のアガペーによる訓練としてのサムサーラ(生死流転)とカルマ(業)である。日本人にとってサムサーラとカルマの神話は仏教、特に浄土系の諸仏教によって親しいものであったし、インドの諸宗教の影響でこの神話はかつてアジアの民衆のロマンであった。この神話が今日民衆のロマンとして消えつつあるのは、欧米からの近代科学技術の流入によって、アジアの民衆も現世に対するよい意味での肯定、全ての人が自由に公平にこの世の幸福を享楽することを正しいと見做すに至ったからであり、そのような世俗生(secularity) ――これを我々は、倫理性を失った、他を犠牲にしての一個人の、あるいは、特定の階級や国家の現世的利益の追求である世俗主義(secularism)から区別しよう――が、サムサーラとカルマの持つ反現世思想に反撥したからである。併し、私のように神話的な一存在としての聖書的神を非神話化して、現実の根底にあるアガペーの創造性とする場合には、生死流転と業の場たる ここ を離れて神と融合することはできない。従って、神の国や浄土は、どこか現実を離れた彼岸に存在するのではなく、此岸と混合せず、分離せざる仕方で此岸を支える彼岸なのであり、サムサーラとカルマとによって、この世で学ぶべきもの、体験し味わい尽すべきものをすべて呼吸し終った時に、存在するものたちがすべて――前述した万有救済説を想起したい――辿りつく場なのである。これこそアガペーの神との融合であり、サムサーラとカルマの世界から我々が味わいつくし、学びつくさねばならないものはアガペーなのである。

 このような神と宇宙のロマンが果して今後の民衆の宗教となり得るかどうかは、勿論確実には予測し得ないが、併し、少くともアジアの民衆の心の中には、サムサーラとカルマの思想はまだ残存しているが故に、それに接木することにより、サムサーラとカルマの神話を新しい形態によって復活させることは不可能ではないように思われる。しかし、私が指向している如きサムサーラとカルマの理解は、後述するところから明らかになるように、日本人の現世愛や自然愛とも接点をもち得るものなのである。そして、私の民衆の宗教への要求が私の神観の形成をうながしたことを、私は別に隠そうとも思わない。ブルトマンの非神話化論による聖書解釈は、我々の決断をうながすもの、我々の決断の向うにあるものとしての神を提示したが、その神と宇宙がどういう関係をもつかを示してくれなかったために、結果的には、神がどういうものであるかを明らかになし得なかった。神と宇宙とがどういう関係にあるかという、人間体験の諸次元の統合を考察して行くと、どうしても我々は、神がどういうものであるかを示さねばならなくなる。これこそ哲学的神学の一大課題であり、私がここで展開したのはその解決への一つの試みであるにすぎない。

 ブルトマンの非神話化論による実存論的聖書解釈の方法論を採用しながら、どうしても形而上学的な神の思索、人間実存の歴史創作のための決断の向う側にある神についての思索への興味を棄てかねていた私の立場、否、キリスト教のケリュグマの実存論的解釈がますます神に関して、また、神と世界(歴史と自然)との、神と不条理との関係に関して思索するようにと私を追いやった私のこれ迄の立場は、振り返って見ると、ハインリッヒ・オット(Heinrich Ott)のブルトマンに対する態度と似ていなくはない。勿論、オットと私とでは、そういう類似のブルトマンに対する態度から引き出した結論は相当に違うのであるが。オットによれば、非神話化論の貢献は、聖書の時代によって制約され、その著者たちによって採用された表現形式を明らかにするところにある。そして、この表現形式が明らかにされたならば、それらを通してブルトマンの如くに聖書の著者たちの 自己理解 がどういうものであったかを追求するではなく、聖書の著者たちが証している神との出会いがどういうものであったかを追求するのである。即ち、人間実存の歴史創作的決断のみならず、そういう決断にまで人間を促し導く神に関して思索するのである(26)。こういう仕方で非神話化論を採用したのであってみれば、聖書の神話的宇宙像に結合されていたものから人間の実存的決断を促すものとしての実存論的に解釈されたところの神を、改めて現代人の体験の諸次元と結合させようと努める哲学的神学の試みは、至極当然の事柄となる。

 「『神』の歴史は、言わば人間の魂の奥の、まだ誰も足を踏みいれない部分だ」と言って(27)、伝統的なキリスト教の神が人間の日常体験から遠くにあり、従って死者たちも我々のところから遠くはなれて神のところへ行ってしまうことを歎き、それに反抗してもう一度神を我々の体験の中に引き込んだ詩人リルケや、伝統的なキリスト教の現世否定に抵抗して、永劫回帰の人間の宿命を愛そう――宿命愛(amor fati)――と叫んだニーチェ、また、死によって一切が無くなるよりも地獄の中ででも生き続ける方がよいとし、人間の真の願いは、死後もこの地上の生と連続したものを所有することだと言ったミグエル・ド・ウナムノや、死を飽くまで不条理と見做し、生きることへの愛をユーモアの中に結晶させて行った椎名麟三や、死やその他の不条理に反抗する人間の在り方を追求したアルベール・カミュや、ボンヘファー以来の世俗性の神学、テイヤール・ド・シャルダンの地球の周囲に形成される精神圏の思想、モルトマンやパンネンベルクの希望の神学の主張する地上に実現される神の国への期待、歴史の終末が全人類的規模における個々人の自由の成就された世界であるとなし、そのためにはすべての魂の転生がなければならぬと主張したエルンスト・ブロッホ(Ernst Bloch) 等々に私のこういう思想は影響されてきたが、具体的な展開への勇気は、かつて多くの友情的交流をもった故ネルス・フェレー教授の著書の中に展開された同様の思想であった(28)。

 サムサーラやカルマの思想に対する反対は種々あるが、そのいずれも決定的なものではない。よく言われる反対の一つは、AがBの再生であっても、Bの生の記憶をもっていないではないか。記憶は人格の連続の支柱であるが故に、それがない場合には、AがBの再生であるとは言えない、というのがある。我々一個人の生活を例にとってみても、しばしば記憶はうすれるし、全くある事柄に関する記憶を喪失することもあり得るが故に、この反対は程度問題に関するものとなってしまう。それに、いつの日にか、我々が送る幾つかの生の隔りの幕が取り去られて、人格の連続性に必要な記憶が一度に押し寄せ、重要なあらゆる記憶が我々に回復されるのかも知れない。またサムサーラとカルマに対する反対として、原理的に言って、AがBからZまでの 連続的 系列で 再生 するのと、AがBからZまでの 同時的系列 で複生しているのとではかわらないではないか、というヒック(John H.Hick)の議論があるが(29)、これも反対として強力なものとは言えない。我々の主張が複生でなく再生であるのは、原理的に両者には相違が存在するからであり、再生の場合には、一時期の行為が原因となり、結果が次の時期に現われるという 時間性 が中心をなしており、この時間性があるために、訓練されたり、学んだり生長したりできる人格的連続性が保証されるのである。

 ところで、私がここで考えているようなサムサーラとカルマは、我々が神のアガペーに導かれて、時間・空間の中で物体的なものとの深い関連を持ちつつ、摂取しつくさねばならない愛の果実を現実から採取するために生死流転する訳であるが、これは、聖書が人間の永遠の命を考えるに当って、ギリシァ的な霊肉二元論とは異り、身体を離れた魂の不滅を考えることができず、身体の甦りを主張する事情と呼応する。我々と神との出会いの場は、物質的なものを離れては存在しない。従って、聖書では、神の国も この地上 に出現するものとして描写されており、時・空を超越した何処かにおいてではない。私もまた、人間の究極的な神との融合さえも、何らかの仕方で物体的なものと離れずに実現されるものではないか、と考える。要するに、それは我々が今体験している命と本質的に違うものではなく、この命の途上で、できる限り神と融合することとは別に、神との融合の他の仕方がある訳ではなく、この命で体験できる愛の深み、そこを流れている神の命に沈み行くことこそ、神との融合なのである。

 人間の究極的な神との融合は、フェレーの言う相反充実的(contrapletal)なものであろう(30)。これは、人格的なもの同志――神と人、人と人――の間に成立する 愛の関係 のもつ論理構造を表現するものであるが、愛においては、相手のために になることが自分の生の 充実 であるという、通常の論理では相反するものが一致しているのである。この意味で、愛のために、即ち、真に生きるために無になって行くこと、また、 んで行くことにおいては、死の不条理のとげは既にとりさられている。愛においては、有(命)と無(死)とは必ずしも相反せず、究極のところで一致する。否、無でなければ、有は深みの有ではない。私はアルタイザー(Thomas J.J.Altizer)による神のヘーゲル弁証法的理解には賛成できないが、キリストの十字架が愛による神の死の象徴であるとする点では、アルタイザーの洞察は正しかったと思う(31)。愛において人間と一つになるために神も自己を死なせて−−無となって−−我々の中に入り込み融合するし、我々もそうするのである。その意味では、キリスト教の神の国、終末は の象徴であり、結局のところキリスト教は無と対立する有を主張する宗教でもない。

 「重力と恩寵」(32)の中で、シモーヌ・ヴェイユは「私が立ち去れば、創り主と創られたものたちは互いに秘密を打ち明け合うであろう。私がそこにいないときの風景をあるがままに見ること・・・。私がどこかにいれば、自分の呼吸と鼓動とで天と地のしじまを穢してしている」(33)と言っているが、これは彼女の 消え去ること への憧憬であり、遡創造(decreation)の思索と呼応する。ヴェイユによれば、創造は、造られたものに自由を与えるものであるが故に、神の自己制限を意味し、神の自己放棄を前提にするが、併し、それは、我々が神と同じように自己放棄に同意するためである。ヴェイユにとって、この自己を無にすることへの人間の同意ほどに、人間にとって尊いものはなかった。「このように、われわれに存在を与える神は、われわれの心のなかの、存在しないことへの同意を愛する」(34)。私も、ヴェイユの神の中へ消えさることへの憧憬は、被創者たる人間の、罪人たる人間の持ち得るもっとも高貴な感情であると思う。併し、それだからと言って、ヴェイユのように、永遠の命を信じることは有害である、とは私は考えない。真の無がそのまま真の有なのであり、ヴェイユに欠けているのは 相反充実的思索 である。それに、ヴェイユの言う 消え去ることへの同意 が、真の人格的・主体的同意、人間の豊かさから出て来る同意であって、単なる自己破壊の情熱でないならば、それが神の創造の行為を無意味にしない同意であるならば、生の提供する高貴なものをでき得る限り収穫した上での、収穫すること自体がそのままで消えさることでもあるようなものでなければならない。さもなければ、それは不条理への同意、神の敗北への同意となろう。人間にとって、自己を神の中へ消え去さらせることが、自己の永遠に豊かな個への存続なのである。生の提供する高貴なものを収穫するためには、神のアガペーの忍耐に支えられたサムサーラとカルマの、実に気の遠くなる程に長い時間を我々は必要とするのである。黒人を蔑視する白人には、差別される側の苦悩はそのままでは理解できないものであるが故に、黒人に生まれ変ってその苦悩を味わう必要があるだろうし、富者には貧しき者の物扱いされる軽蔑された恥ずかしさは到底理解できないのであるから、貧しく生まれ変る必要があるだろう。

 神のアガペーの導きによる我々のサムサーラとカルマは、既に述べた如く恐らくは気の遠くなる程の長い時間を必要とするものであろうが、また、我々にとって気の遠くなる程の広大な――地球をも越えた――空間の中で展開されるものであるかも知れない。テイヤール・ド・シャルダン(Teilhard de Chardin)の主張する、地球を取り巻く精神圏の確立、オメガ・ポイントとしての神の国の出現等(35)は、神と人間との究極的融合という希望をかかげている点で私に共感を覚えさせるのであるが、併し、永遠と時間の質的断絶がきびしく守られていないがために、いつのまにか歴史が自然化されている。彼の神学では、歴史という、人間の主体的自由がその形成に参加するところのものが、機械的・必然的にある目標に向って行くものの如くに取扱われているのである。それはさておいても、テイヤールの思想は、あまりにも神の国の希望を この地球 にまとわりついているものとして考えている。その点では、地上中心の聖書神話を抜け出ていない。そして、この点では、即ち、ブルトマンの非神話化論を聖書解釈に採用しなかったという点では、いわゆる希望の神学の陣営に属するユンゲン・モルトマンやヴォルフハルト・パンネンベルクの思索も同じである。


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(1) Bultmann,Rudolf:"Neues Testament und Mithologie" in Kerygma und Mythos, Band I,herausgegeben von H.W.Bartsch,Herbert Reich,Evangelischer Verlag,1951.
(2) 拙著「実存論的神学」(東京、創文社、昭和39年)148頁以下を参照されたい。
(3) 拙著「実存論的神学と倫理」(東京、創文社、昭和45年)54頁以下。
(4) 拙著「実存論的神学」、118-121頁。
(5) 同上、105-116 頁を参照されたい。私は、宿命という言葉を独特な仕方で用いているように思うので。
(6) ハーヴェイ・コックスの 物語り (story) と しるし (signal)の区別に従って用いた。Cox,Harvey:The Seduction of the Spirit,New York,Simon and Schuster,1973,pp.9ff,.
(7) ibid,.pp.9-10
(8) 小田垣雅也「解釈学的神学」(東京、創文社、昭和50年)。昭和50年 5月24日に、立教大学で行われた日本組織神学の会の春の会の講演者の一人は小田垣さんであったが、その時の題は「哲学的神学と神」であった。
(9) 小田垣雅也「解釈学的神学」218頁。
(10) 拙著「実存論的神学」167頁。
(11) Buber,Martin:Ich und Du,Leipzig,Insel-Verlag,1923.
(12) Buri,Fritz:Thinking Faith-Steps on the Way to a Philosophical Theology,trans.by H.H.Oliver,Philadelphia,Fortress Press,1967,pp.44-45.
(13)i bid,.p.46
(14) ibid,.p.57
(15) Buri,Fritz:How Can We Still Speak Responsibly of God?,Philadelphia,Fortress Press,1968,p.27.
(16) ibid,.
(17) ibid,.p.28.
(18) Weil,Simone:Attente de Dieu,Paris,Fayard,1966,p.17-20.シモーヌ・ヴェーユ「神を待ちのぞむ」、(シモーヌ・ヴェーユ著作集?「神を待ちのぞむ他」、東京、春秋社、1967年)12-15頁。
(19) 私はかつて、恩師エドウィン・ルイス(Edwin Lewis) 教授の影響でそういう立場をとっていたが、今はその立場をすてる。拙著「実存論的神学」、423 頁を参照されたい。
(20) Bixler,J.S.:"Whitehead's Philosophy of Religion" in The Philosophy of Alfred North Whitehead,edit.by P.A.Schilpp,New York,Tudor Publishing Co.,1951(2nd edition).
(21) Auléen,Gustaf:Christus Victor,trans.by A.G.Hebert,London,S.P.C.K.,1950 ――The Faith of the Christian Church,trans.by E.H.Wahlstrom & G.E.Arden,Philadelphia,The Muhlenberg Press,1948,pp.207 ff,.
(22) エドウィン・ルイスは、世界の中の悪の恐るべき勢力を表現するためには、あえてこれを彼と表現すべきであると主張している。Lewis,Edwin:The Creator and the Adversary,New York,Abingdon-Cokesbury Press,1948,p.146.
(23) 拙著「実存論的神学」、37頁以下を参照されたい。
(24) Tillich,Paul:Systematic Theology,vol.1,Chicago,The Universityof Chicago Press,1951,pp.79,110,113,119,156,158-159;vol.2,1957,pp.36-44.
(25) 拙著「実存論的神学」、355-378頁を参照されたい。
(26) Johnston,Robert C.:"Who is Heinrich Ott?"in New Theology,No.1,edit.by M.E.Marty & D.G.Peerman,New York,The Macmillan Co.,1964,pp.40-41.
(27) リルケ「神について」、大山定一訳、丹波市、養徳社、昭和24年、14頁。
(28) Ferré,Nels F.S.:The Universal Word,Philadelphia,The Westminster Press,1969,p.68,pp.250-252. また、仏教の側から、サムサーラやカルマの実存論的理解を私に教えてくれた武内義範教授の論文をあげておきたい。Takeuchi,Yoshinori:"Buddhism and Existentialism:The Dialogue between Oriental and Occidental Thought"in Religion and Culture(Essays in Honor of Paul Tillich),edit.by W.Leibrecht,New York,Harper & Brothers,1959,pp.291 ff.. 武内義範著「親鸞と現代」、東京、中央公論社、中公新書、昭和49年、103頁以下。
(29)J・H・ヒック著(間瀬啓允訳)「宗教の哲学」(改定版)、東京培風館、昭和50年、171頁以下。
(30) Ferrée,Nels:The Universal Word,p.51,p.235,pp.250ff..
(31) Altizer,Thomas J.J.:The Gospel of Christian Atheism,Philadelphia,The Westminster Press,1966,pp.117ff.,Cobb,John B.Jr.edit.:The Theology of Altizer――Critique and Response,Philadelphia,The Westminster Press,1970,pp.204-205.
(32)Weil,Simone:La Pensanteur et la Grace,Paris,Plon,1948.シモーヌ・ヴェーユ「重力と恩寵」(渡辺義愛訳)、東京、春秋社、「シモーヌ・ヴェーユ著作集?」、1968年刊。
(33) 同上、105頁。
(34) 同上、89頁。
(35) テイヤール・ド・シャルダンについては、東京の「みすず書房」から「テイヤール・ド・シャルダン著作集」(十巻)が刊行されている。彼の思想を全体的に知るのに便利なものとして、次の書物をあげておきたい。
Rideau,Emile:Teilhard de Chardin――A Guide to His Thought,trans.by R.Hague,London,Collins,1967.



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入力:平岡広志
http://www.geocities.co.jp/SweetHome-Brown/3753/

2002.9.28




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