野呂芳男「終末論と希望の説教」1975

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終末論と希望の説教


野呂芳男



           



初出:『終末論―その起源・構造・展開』創文社、1975年135−163頁。








 正しい観察であるとわれわれも思わざるを得ない、近代の人間の生き方に関するパウル・ティリッヒ (Paul Tillich)の所論によれば(1)、ルネッサンスは単に古代の伝統の再生ではなく、古代の地中海沿岸の文明という西欧文明の源泉の助けを借りて、西欧社会があらゆる面で宗教的・文化的・政治的に再生した時期なのである。この再生の途上において、ルネッサンスは、その背景をなしたキリスト教により古代の伝統を変質させて行ったが、その変質の中のきわめて重要なものの一つは、生の理想がギリシア的な瞑想的なものから、また、中世の禁欲主義的に自己を超克しようとしたものから、活動的なもの、この世界を管理し、形作る理想に変わったことである。この理想は、科学技術への高い評価を内包していたのである。

 ティリッヒは更に、三つの幾何学的象徴を用いてこの事情を説明する。古代ギリシアの生の理想はコスモスの中の生の成就であり、これは円周によって表現される。古代末期および中世の生の理想は、コスモスを越えたところに存在する超越に向かう生の努力であり、これは垂直線で象徴され得る。ルネッサンスや宗教改革や啓蒙主義に見られるものは、コスモスを神と人への奉仕のために管理し、変形しようとする生の理想であり、これは水平線で象徴される。

 ところで、われわれはかつて人間の生き方たる倫理を、垂直線と水平線の交わる十字架の象徴で考えなければならないと主張したのであるが(2)、われわれが計らずもティリッヒの思考と同じ路線を歩んでいたことを知るのは興味深い。ティリッヒは17世紀のパスカルの悩みに触れつつ、この点を明らかにしている(3)。ティリッヒによれば、パスカルの悩みはわれわれと同じものであって近代科学および工業技術の進展に伴う水平線の勝利とキリストへの信仰との関係にあった。当時の天文学が構成してみせてくれた宇宙に較べて、パスカルは人間の量的な小ささを強く感じたと同時に、自然の構造の中に滲透して行くことのできる人間理性の質的な偉大さを感じたのである。ここには、宇宙の広大さをも支配しようとする人間の水平線的理想が洞察されている。ティリッヒによれば、「アブラハム・イサク・ヤコブの神」と「哲学者たちの神」とを対照させた時に、パスカルは究極的なものの次元、すなわち、小ささをも宏大さをも超越する次元を救おうとしていたのである。そして、ティリッヒの考えでは、水平線の完全な勝利は、単に前進するための前進、焦点もなく終わりもなく進むことであるにすぎず、人間存在から垂直線によって象徴されるものを全く取り去ることは不可能なのである(4)。

 この小論において、われわれはおもに4人の現代思想家を取り上げることにより、十字架型で象徴される人間の生き方の重要性、および、今日において垂直線と水平線とで象徴されるものがどのように見倣されているかを探求してみたいのであるが、われわれはそれをカトリックの思想家テイヤール・ド・シャルダン(Teilhard de Chardin)から始めることにしよう。

 テイヤールの思想が進化論に基礎づけられていたことは、勿論彼が古生物学者でもあったことと関係があるが、彼によって進化の出発点はアルファ・ポイント(Alpha-Point)、目標点はオメガ・ポイント(Omega-Point)と呼ばれている。そして、アルファからオメガに至る進化は神の目的論的意志に貫かれており、人間がこの進化の過程の先端をなしている。これ迄に進化の課程は生命以前・生命・思考という三段階を経てきたが、今や人間は超生命(super-life)の段階に入ろうとしている。その徴侯としてテイヤールがあげるのは、この美しい、不思議な地球の周囲に、まるで地球の神経系統のごとくに人間が張り回らした交通網、通信網、その他のコンミュニケーションの手段の発達であり、また、産業の発展とともにどの人間もたがいに依存し合わなければ生きられなくなってきている事情、すなわち、人間の社会化である。地球を包んで一つの人類の心の圏(Nooesphere)が作られて行く。かくして人額は一つの心をもつ存在となり、やがてはオメガ・ポイントに達する。この時には地球が滅びても、人類はそれへの依存を脱却できる状態になっているかも知れないのであり、そのように人間の個が、その個としてのユニークな人格性を失うことなく全体と一つにされた状態こそ、キリストと共に始まった神の国の拡大成就、歴史に内在している復活のキリストの働きの結果なのである。それ故に、テイヤールの思想によれば、この地上での人間の働きは、その実現が数百万年後であろうとも、オメガ・ポイントを実現させるためのものでなければならないという意味を与えられる。このようにしてテイヤールは、人間の生きる目標の設定を、この世を離れて垂直線的に永遠に向かおうとする中世的な理想から別のところに、すなわち、地上的な未来、水平線の理想に置き換えようとしたのである。地上での未来を建設することに希望をもたせ、それに向かって人々が働くことに意味あらしめようとしたのである(5)。

 テイヤールは人類の発展を二つの段階に区別する。それら二つの段階は、地球表面の子午線の辿る段階に似ている。子午線は地球の一つの極から出発して初めは急に、やがて緩慢に散開し、共に赤道に到達する。赤道を通過すると、散開的運動は収斂的運動に変わり、徐々に速度を増して、もう一つの極に向かって進む。初めの散開の段階においては、人類の発展は動物の発展と似た経過を辿る。多分中央アフリカに生まれたと思われるホモ・サピエンスは、僅かな期間に数的にも地域的にも増大して行った。地中海周辺の地域から二万年以内に、解剖的構造においても文化的にもそれ程変化せずに、南アジア、北ヨーロッパ、シベリヤ、また、そこから北および南アメリカに広がったのである。他の生物の群形成と同じく人類も、今日われわれが見る種族に分かれ、異なった文化的群をなし、種々の民族や国家を形成して地球を蔽ったのである。そして、技術的、社会的、法律的共同生活の発達は、社会の構成員一人一人の内的生活の豊さと統一をもたらした(6)。

 しかし、テイヤールは、今や人類の発展は赤道を通過した子午線の如く収斂的運動に入ったとする。その原因には種々の事柄があげられる。第一には、地球表面は限られているので、人類には拡大すべき地域がもはや存在しないという事実がある。更に、世界人口の激烈な増加があった。したがって、一つ一つの集団の構成員一人一人はますます圧縮されているし、集団も他の集団によって詰め固められている。このようにして、各集団また各個人は、ますます内面における深化を否応なしに行わざるを得なくなっている。その上、この密度は、前に指摘したコンミュニケーションの技術的発達などによって濃いものにされており、そのお蔭で、各個人のもつ他者への影響力は大きく拡大され、他者からの各個人への影響力も大きくなっている。このようにして、人類は全体として一つになりつつあるのであり、精神圏は急激にそれ自体を圧縮しているが、これは無限に内面的深化を強化する結果を生じている(7)。人類はそれ自体を今や集団化し、社会化しているのであるが、これは自然の世界の中における、複雑化が中心に向かってのより緊密な結合を作るという原理の繰り返しにすぎない。

 ところで、戦争や原子力戦争の危険さえも、そのための産みの苦しみであると見倣すことのできるような未来の希望がなければ、人類は自己の責任において進化を終極まで持ち来たらす力を喪失してしまう、とテイヤールは考えた。その希望こそ、人類史というこの水平線の行き着いたところにあって、しかもこの時空を越えたもの、生成の彼岸であるオメガ・ポイントである。オメガ・ポイントにおいては社会化のため、各個人がそのユニークな人格性を喪失するようなことはなく、社会化されることが自己の人格の完成、深みの底まで到達した個性化なのである(8)。そして、自由なる人格を社会化するものは愛以外にない。したがって、人類のオメガ・ポイントはキリストの身体が人類大に拡大され、普遍化され究極的にまで深化されたものなのである。

 これまでの叙述から明らかなように、テイヤールの思想は水平線的である。しかし、水平線的思考に対してティリッヒが言ったことはテイヤールにも当てはまるのであるが、テイヤールも垂直線的思考を完全には追い払うことができていない。それが端的に表われているのが、死後の命に関するテイヤールの発言である。

人間の個的生命の不死に関するテイヤールの思想は分離し難い仕方で、人類史がオメガ・ポイントをその進化の目標としてもっている事実と結合している。テイヤールによる科学と信仰の綜合である人類史理解の根底に、われわれはきわめて実存的な思考が横たわっていることを忘れてはならない。人間は自分たちの創作する歴史が結局のところ完全な無に帰することを知っていながら、歴史創作に情熱をもち、喜びを持つことはできない。テイヤールによれば、あの生の倦怠(tedium vitae)――技術的な進歩が絶えざる活動から人間を解放するに至った現代では、これは一層力強く人間を把握しているのであるが――は、歴史の成就が与えられ得るという希望と、その成就を目指しての激しい創作的努力によってのみ払い除けられるのである。同じ実存的理由が、テイヤールに個人の死後の命を肯定させる。自己のユニークな人格性を自覚している個人は、自己が完全に無に帰するということを、宇宙の進化の中から他のものでは取り換え得ない部分が失われることと感じるのである。個人生命の不死は、先ず何よりも、神の永遠性と充満せる実在に参与することとして考えられねばならない。不死は、時間に限定づけられた人間の思考においては、無限に時間が延長されることとしてしか考えられないであろうが、テイィヤールはこういう思考も不死の心像を形造るための止むを得ないものとして許容する。とにかく、テイヤールにおいては、神と人間との垂直線的な関係がまだ確固として存在しており、人間は死後直ちに神の永遠にあずかり不死なるものとなるのであるが、その不死性は歴史の終わりのオメガ・ポイントの中に明確にその座を持っているのである。個人の不死と集団としての人類の不死とが、歴史の終わりたる超越への突入において収斂する。しかも、既に述べたように、テイヤールの思想においては、オメガ・ポイントの中心は決して個人の人格性の中心を滅ぼすものではない(9)。

ところで、テイヤールの思想については種々の批判がなされ得るであろうが、われわれにとってテイヤールの思想のもつ最大の欠点は、テイヤールが人類の未来について予測し始めると、その予測の中に――彼がどれ程人間の主体的自由に対して場を与えようとも――歴史の次元と自然の次元との混同が見られることであろう。テイヤールの「現象としての人間」(Le Phenomene Humain , 1955)をたまたま読んだティリッヒが、人間の発生に至る迄の進化論的解釈、また、自然との関係において人間の生のもつ曖昧さについてのテイヤールの思想に心からの賛意を借しまないにもかかわらず、「私は、未来に関する彼のむしろ楽観的な幻を共にすることができない(10)」と言う時、ティリッヒの考えていたことはまさにこの点であった。

 生物進化が人間の段階にまで達した時、自然は遂に進化の過程そのものを滅ぼすことのできる自由な存在を生みだしたのである。歴史は自然現象ではなく、人間はその自由において歴史そのものを無に帰せしめることができる。人間が今日、交通網、通信網、その他のコンミュニケーションの手段の発達、産業の発展とともに互いに依存し合わなければ生きられなくなっているという事実、テイヤールの言う人間の社会化は、オメガ・ポイントへ向かう可能性であるかも知れないが、同時に、非人間的な全体主義や少数者の悪が全人類を包む可能性でもある。スマルダーズがテイヤールの思想のもっとも弱い点として、カトリック教義の主張する人間の罪性をテイヤールが真剣に取上げることができなかった事実を指摘しているが(11)、まさにその通りであると言わざるを得ない。自由と罪とは根底において絡みあっている人間の現実なのであるから、自然の次元と歴史の次元が混同されれば罪の意識も影を潜める。人間の進化の歴史が必ずオメガ・ポイントに至る迄進展すると信じることは空想であろう。

 歴史の次元と自然の次元の混同であるとわれわれには思われるもう一つのテイヤールの発想は、人類史が神の国たるオメガ・ポイントへ向かいつつある事実を、歴史の中に実証的に跡付けることによって確かめ、それを神信仰への支えにしていることである。すなわち、彼はオメガ・ポイントが実証的に確かな目標として存在するということから、人類史を正当化し、この歴史に内在する神の働きを義としようとしているが、しかし、神信仰はそういう実証的な支えを必要とするものであろうか。むしろ、実証的な支えを全く持たず、したがって、実存的に神を信じなければ生きて行けないという、それだけの理由で神を信じる信仰こそ、われわれに真に歴史を創作させるのではないか。何故なら歴史創作は、過去を回想し未来を予測して将来を創作する訳であるが、その将来創作の決断の瞬間には、何の支えもないからである。過去の体験を基にしても予測できないものが、将来からわれわれに迫ってくるのであり、われわれはそれとの出会いにおいて何の支えもなく不安の中で自由である。にもかかわらず支えを求めるならば、それはわれわれが自由の重荷から、責任から逃避することである。人間を真に主体的に自由にする神信仰は、実証的な次元とは区別されなければならない。


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 水平線的なものに希望をもつことを拒否して、しかも現世的なものの中に踏み止まろうとした思想家が、第二にわれわれが取上げたいシモーヌ・ヴェイユ(Simone Weil)である。この小論で取り扱う他の三者は皆現世的なものに強い愛をもつが故に、水平線的なものに固着したのであるが、彼女の場合には現世への愛が水平線的なものへの批判として表われている。

 哲学者として、また、労働者のための戦士として、精神的な美しさを輝かしながら若くして死んで行った彼女の信仰の純粋さは次のような言葉の中にも垣間見られる。

 われわれは、真空状態を埋め苦しみをやわらげるような信仰はいかなるものも退けなければならない。不死を信じることもいけない。・・・神が摂理をもってさまざまの事象に秩序をあたえていると信じることもよくない。一言でいうなら、普通人々が宗教に求める慰めはことごとく追放してしまうことだ。(12)

 ここで言われている真空とは、ヴェイユの思想の中核となっている特殊概念である。垂直線的なもの、上下の空間象徴が彼女の思想を表現するのに適しているが、ヴェイユにとって神は時空を越えた遥か彼方に存在する。そして、人間の心の中にはこの神に対して呼応する神秘的なものがあり、それが人間を神への信仰に導く。神の恵みは上から人間のところに下ってきて、人間を上へ引きあげようとする。ところが、人間にとって見えざる神を信じて生きることは甚だ困難であり、物体が重力により落ちるごとく、人間は地上のものに引かれる。人間は、神の恵みの代わりに目に見えるもの、感覚で把握できたり体験できるものによって心を満たそうとする。重力に逆らって心を真空状態に保つことが人間にはきわめて難かしく、むしろ空想によって心を満たそうとする。その空想は、ある時には不死の信仰であったり、神が世界の事象に秩序を与えていると信じる信仰であったりする。ヴェイユは一切の空想を拒否して心を真空状態に保つ時に、初めて上からの神の恵みがそれを満たしてくれると主張するのである。キリストは、その十字架において究極的に表現されているごとく、不幸の中にあって心を真空状態に保つことができた救い主であった。ヴェイユにとっては、このキリストの十字架が、それにわれわれが扱う時にわれわれを救うのであり、復活の出来事は心の真空を埋めようとする奇蹟を求める人間の空想の産物と
して否定される。

 ヴェイユの思想には、世界の中で人格的な仕方で働く神は場所をもたない。神はこの世界の事象に秩序を与えない。いわゆる摂理信仰が存在しない。したがって、テイヤールのごとくオメガ・ポイントを日差して進む人類史というような観念は勿論存在しないし、こういう観念はヴェイユにとって真空を満たす空想の一つ、未来の空想であるにすぎない。そして、神と人間との接点は人間の心の中の真空だけであるし、神と人間との交わりはこの世界だけに限られている。テイヤールのごとき不死への信仰はない。

 ヴェイユが歴史を希望に満ちた目標に向かって進みつつあるものと考え得なかったのには、彼女の体験した人間の残酷さや、組織に対する不信が存在したと思われる。われわれは前にヴェイユにとっては伝統的な神の摂理の観念がないと書いたが、それはヴェイユにとって神と宇宙とはそういう仕方でかかわる関係にないからであり、神は宇宙を必然性に委ねて支配する。必然性の一つが重力であり、われわれの身体のみならず魂にもともと具わっている自然な働きも、物理的な重力と同じ法則に支配される(13)。ヴェイユは罪という言葉の意味するものを重力という語に含めて使用するが、彼女によると「あるひとが多かれ少なかれ他人の助けを必要とする素振りを見せはじめると、他人はそのひとから遠ざかってしまう」が、それは「重力のため」なのである(14)。不辛が人々の同情や憐みを喚起できるのはある程度までであって、不幸があまりに大きいと「われわれはそういう不幸な人を見ると、嫌悪と恐怖と軽蔑を感じるだけになる(15)」。人には「他人が自分とまったく同じことで苦しんでいるのを見たい気持がある(16)」し、「われわれは他人に苦しみを与えるとえらくなったような気がする。いわばわれわれは膨張するのである。それは他人を傷つけ他人に真空状態をつくることによって自分の墓を埋めてしまうからにほかならない(17)」。人間のこういう罪深い残酷さを知っていたヴェイユにとっては、歴史は理想的状態に向かって徐々にではあっても進歩しているものであるどころか、それは「下劣さと残酷さの織りなした一枚の布であって、そこには、ところどころに純粋さのしずくがほんのわずか光り輝いているというほどのもの(18)」なのである。歴史の経過とともに正義の社会が必ず訪れるという進歩思想は、ヴェイユにとって全く虚妄であるが、それはキリスト教がローマ帝国の国教となって、キリスト教の役割を永遠的なものから現世的なものに替えてしまったところから由来している、と彼女は考えている。

 人間の心の中の自然的なものが重力に引かれるのは必然的な事柄に属するが、しかし、重力のほかに宇宙を支配するもう一つの力がある。それは光であるが、ヴェイユによれば、宇宙を支配するものはこれら二つのもの以外にない(19)。ヴェイユにとって光とは、キリストにおいて表現された神の純粋な愛であり、また、ヴェイユにとってそれと同じものと見られているのであるが、真・善・美に向かってわれわれを引き上げて行くプラトン哲学の愛である。そして、この光もわれわれの心に必然的な仕方で働きかけてくる。われわれが重力に抗して心を真空状態に保つ時に、必ずこの光が、神の恵みがわれわれの心の中に浸入してくる。

 さて、ヴェイユに関するわれわれの評価であるが、第一に言われなければならないのは、ヴェイユは宇宙のすべてが必然性に支配されているとすることによって、歴史を自然化しょうとしたが、この彼女の試みは無理であった。この事情は、彼女が「従順――それには二つの種類がある。人間は重力に従うこともできるし、事物の関係に従うこともできる(20)」と言う時に明らかである。ここでの事物の関係とは事物の関係に表現されている必然性であるが、ここで少くとも彼女は、二つの必然性のどちらかを選ぶ可能性を人間に与えている。しかも彼女の場合、必然性はこれらにとどまらず、真空状態に心を保ちながら待つ人間にだけ必然的に真・善・美の神の恵みが与えられるということもある。そうすると、それらのどれを選ぶかという人間の決断、また、事物の関係にあらわれる必然性の将来――
何故なら事物の関係は静的ではあり得ず、人間がそこに何を投入するかによって異なってくるから――を、神の恵みを待つ態度とどのように関連させて行くかという人間の自由な決断によって歴史は創作される。結局、彼女も歴史創作を逃げる訳にはいかず、自然と歴史の両次元を区別せざるを得なくなる。

 第二に、ヴェイユは全体主義国家の好例としてイスラエルとローマ(21)の文明を嫌悪したが、それと対照的に、彼女によれば美しく人間的であったが故にこの世から滅んで行った文明、ギリシア、ブルターニュ、プロヴァンス、アイスランド、ウェールズ、コーンウォールの文明を哀惜する。これは、歴史が人間の下劣さと残酷さの織りなした一枚の布で、ところどころに純粋さのしずくが僅かに光り輝いているという、ヴュイユの進歩の観念を嫌う思想と深く関連している事実であるが、われわれはこの事実が、ヴェイユの神が時空を越えた遥か彼方に存在していて、世界においては少しも働かずに不在であり、この世界を必然性の支配に委ねているということ、神の人格的摂理を彼女が否定したこととも深く係わっていると思う。われわれはヴェイユが人間のもつ下劣さや残酷さに注意を向けてくれたこと、テイヤールの気付いていない歴史の暗黒の事実を容赦なく指摘してくれたことを有難く思う。しかし、ヴェイユの言うように、世界が必然性と人間の下劣さに委ねられていて神が不在であるならば、どうしてもわれわれは現世否定的とならざるを得ない筈であろう。このことは、ヴェイユの神秘的キリスト教体験の前の激しい社会活動や、晩年の著作『根をもつこと』(L’ enracinement, 1949)の理想主義と、彼女の心の中でどのように調和していたのか、われわれは理解に苦しむのである。論理的な整合さを求めるならば、彼女においては、垂直線的なものが水平線的なものを否定しなければならない。

 ヴェイユとテイヤールの思想を検討しつつ思うことは、信仰のもつ色々の要素を正しいバランスのなかに保つことがいかに難しいかである。聖書の創造神話の内容が示しているごとく、神が善しとされたように、われわれもこの地上の生を善しとし、それが与えてくれる正しい喜びを真底から味わってよいのである。それに、創造信仰はキリストにおける罪の赦しと結合している。われわれの罪を神が赦して下さるということは、罪を犯しながらでもわれわれがこの地上に生きてよいということ、この地上の正しい喜びを素直に楽しんでよいということを意味する。罪を犯すなら生きてはならないというなら、これは早く死ねという命令である。罪の赦しがなければ、今自殺することが最大の神賛美である。罪を犯しながらでも何とかできる限り正しく立派に生き続けようと一生懸命努力することの方が、罪を犯すくらいなら死んだ方がよいという心構えよりもキリスト教的なのである。われわれはあれ程に純粋に生きたヴュイユに深い感動を覚えながらも、彼女の自殺にも等しい死を残念に思う。

 第三に、ヴェイユは水平線的なものに対しては悲観的であったが、垂直線的なものに対しては必ずしもそうではない。一切の空想を拒否して人間がその心を真空にした時、神の恵みが上から必ず入りこんできてそれを満たしてくれるのだろうか。人生はもっと不条理なものではないのか。ある場合には、真空になってどんなに待っても、恵みは入りこんでこないかも知れない。そういう場合に、もしも不死や神の摂理への信仰がないならば、アルベール・カミュのように神殺しを行うことの方がはるかに人間らしい行為なのかも知れない。生きることの謎は、到底一度限りのこの地上の生だけで解決できるものではなく、この生をもっと大きなものの一部分、神との全き愛の交わりに入るために愛の習練を行うための場と見倣して初めて、この生の意味の半透明性を受諾できるのである。

 それに、ヴェイユは神の贈物を拒否することがその人間の純粋さの証拠だとでも思っていたのであろうか。不死の贈物を拒否して、地上の生だけを感謝することが純粋なのか。既に贈物を貰っている者が、より更なる贈物を拒否するのは、既に貰っている贈物さえも、それが贈物である以上は有難く思えないという気持がどこかに潜んでいるのではないか。こういう態度こそ、人間の罪の根本的なもの、倣慢なのではないか。


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 われわれはここで、考察をプロテスタントの陣営に移したいのであるが、われわれの見るところでは、ユルゲン・モルトマン(Juergen Moltmann)および ヴォルフハルト・パネンベルク(Wolfhard Pannenberg) の、いわゆる希望の神学の出現と共に、プロタスタント神学においても十字架型の思考が崩されたのである。彼らの場合にもテイヤールと同じように、神の国が水平線の未来に実体として歴史の中に入り込んできている。これ迄のプロテスタント神学においては、人間は神の国との関係で既に述べた二つの方向での出会いをもってきた。空間的象徴を用いるならば、一つは上との関係であり、そこでは、人間がこの地上にあり身体をもっている限り不十分な関係しかもてず、神の国は死後入り得る場であった。勿論、この地上においても人間は既に神の国の前味を味わってはいるのだが。もう一つは水平線上の未来での神の国の待望であったが、ここでも人間は、人間の歴史が存続する限り神の国自体には入れず、神の国の到来は人間の歴史の終わりであった。すなわち、われわれは希望の神学の出現までは、大体において神の国を終末論的な出来事として把捉してきたのであり、この事情はホエイル (John S. Whale) の次の言葉がよく示している。

「歴史の絶対的な終わりや世界の終わりや最後の審判という観念は、一つの限界概念(Grenzbegriff)である。それは、われわれのあらゆる思索の限界を示すものとして立っている象徴である。・・・誰も死が何であるかを知らないし、知ることができないと同じように、・・・誰も歴史の終わりが何であるかを知らないし、考えることができない。・・・重要な点は、聖書の象徴的な表現によると、歴史の終わりがいつも超自然的なもの、永遠的なもの、『全く他なる』ものとして画かれていることである(22)」。要するに、神の国は歴史を限界付けるものとして、歴史の外のものなのであった。

 希望の神学では、われわれは神の国と一つの仕方での出会いしかもたない。それは水平線上の未来においてであり、しかも、神の国は歴史の限界であるばかりでなく、歴史の中の現実として考えられているのである。したがって、今日の歴史の時点でわれわれのなす事柄が、未来に歴史的現実となる神の国と連続するものとして把えられる。われわれの行動は、もはや神の国へのあかしというような、歴史を越えたものを、歴史と質的に違ったものを指差し示すものではなく、神の国はわれわれの行動をつらぬいて形成されつつあるのである。希望の神学においては、歴史の中にわれわれは歴史を終わらせるものとして到来する神の国のしるしを求めるのではなく、形成される神の国の実証できる軌跡を求めるのである。

 モルトマンやパネンベルクが黙示文学に注目したのは、この事情を物語るものにほかならない。黙示文学では世界史の中に神の国が出現するからである。ところで、モルトマンに大きな影響を与えていると思われるカール・バルトでさえ、最後まで神の国に対する終末論的な態度を崩さなかった。彼にとっては、神の国は救済史(Heilsgeschichte)との連続において存在するものであり、世界史(Weltgeschite)の問題ではなかった。救済史は世界史に隠れて存在しており、やがて神の国の出現の時には、世界史は救済史に飲み込まれてしまうのであり、救済史がすべてのすべてとなる時は世界史の終わりであった。

 モルトマンよれば、聖書の神は約束の神であり、歴史の中で成就される神の約束を信じることが、神を信じる者には要求される。したがって、神学的認識の道は、ギリシア的永遠の追求のごとく歴史の外へ向かうものではなく、(約束という)歴史的なものから(その究極の成就たる)終わりの・普遍的なものへ(vom Geschtlichen zum Eschatologisch-Universalem)と向かう(23)。すなわち、歴史の終わりは普遍的な歴史たる世界史内のものとして見られている(24)。またモルトマンによれば、この歴史の中でキリストの十字架と復活にあずかるものとして生活するキリスト者にとっては、神の国は精神化されたものでも彼岸的なものでもなく、此岸的な(diesseitig)ものであって、歴史の終わりに実現する神の国の新らしさは、本質的に言ってわれわれが現在、キリストの十字架と復活にあずかって知るものと異質ではない(25)。要するに、モルトマンにとっては、水平線的なものたる世界史が、神に関するキリスト教的論述のすべてを包含する地平(der umfassendste Horizont)となっているのである(26)。

 われわれは他のところでパネンベルクの神学については紹介したことがあるので、ここでは詳しい論述は避けるが(27)、指摘しておかなければならないのは、黙示文学へのパネンベルクの興味が、世界史全体を神の啓示の場と見るに至らせていること、世界史の終わりの時期に、世界史の完結とともに神の完全な自己啓示がなされるものと見倣さしめていることである。そして、パネンベルクの場合にも、今日におけるわれわれの神の国待望の努力が、歴史の終わりの時期に歴史の中に実現する神の国と何らかの仕方で連結している(28)。

 ところで、モルトマンとパネンベルクとの間には、神の国を待望する仕方に微妙な相違が見られる。神の国を世界史内の出来事として把握することは、既に述べたごとく今のわれわれの行動がそのまま神の国を到来させるための準備となることを意味するが、この点でモルトマンやパネンベルクは共に、神の国を歴史に対する限界概念と考える人々とは違った主張を生み出した。そして、彼らの黙示文学的な神の国は、現在のわれわれの行動に対して目標(平和と愛の共同体)を与え、その世界史内での実現の可能性を信じさせ、それに向かってわれわれを駆り立てる。モルトマンやパネンベルクにとって、平和と愛の共同体は歴史を越えたところのもの、世界史内に実現不可能なもの、単なる理想であることを止めたのである。丁度、テイヤールのオメガ・ポイントが単なる理想ではなかったのと同じように。

 しかし、モルトマンにとって、終末の神の国はわれわれの行動がそれを与えられるに相応しくないにもかかわらず、神が人間に対してなされたご自分の約束に誠実であるが故に実現するものなのである。キリストを死人の中から復活させた神の力への信頼のみが、人間の神に対する反逆と罪とにもかかわらず、われわれにその実現を信じさせる(29)。そこで、モルトマンにとっては、神はそのよしとされる時まで、人間が悔い改めて神の国を迎える準備ができるのを愛と忍耐とをもって待っておられるということになり、その間、神は人間の罪と反逆のために愛の苦難を負われることになる(30)。これに対してパネンベルクの場合には、終末の神の国に向かって世界史、あるいは、普遍史(Universalgeschichte)が動きつつある軌跡を、われわれがある程度実証的に把捉できるものであることが主張されている。信仰は知識の犠牲ではなく、ある程度実証的にも納得した上で――すなわち、信仰という冒険的決断の前に――神に信頼するものであるとパネンベルクは言う。キリストの復活に先取りされた形で明らかされている終末の神の国は、われわれの永遠の命の国、愛と平和の共同体なのであるが、こういう神の国への信仰は、われわれの中にある永遠の生への渇望、また、世界史に見られるごとき世界が一つになりつつある現実、ユダヤ人と異邦人を隔てていた障壁が実際に取り払われつつある現実によって支えられているのである(31)。われわれの見るところでは、パネンベルクのこのような実証的な態度を更に拡大したものが、テイヤールの科学と信仰との綜合である。

 モルトマンとパネンベルクとの相違は、バルト神学の方法論とブルトマンの実存論的解釈学の方法論との間の相違に、ある程度比論的なものであると言えるであろう。と言うのは、モルトマンはバルトと同じように、神の言葉たる啓示者キリストの出来事そのものから終末の希望が与えられているとするからである。したがって、彼の神学は飽くまでキリスト論的であり、キリストの出来事の中に既に、終末において地上に神の国が実現されるという神の約束があるとする。ここには啓示から世界や歴史を理解しようとする方法論が見られるが、ただバルトが神の国と直結するものを救済史としたのに対して、モルトマンはそれを世界史とした点で両者は異なるだけである。

 バルトが自己の神学的方法論をアンセルムスの知解を求める信仰(fides quaerens intellectum)と結び付けたことは周知の事実であるが(32)、モルトマンもアンセルムスのこの言葉に連結させて、独自の自然神学(Natueriche Theologie)を主張する(33)。バルトがキリストの啓示から一切を理解しょうとしたことに沿って、モルトマンの主張する自然神学は知解を求める信仰であり、世界を神の啓示から、実存を神の啓示から指し示し、理解するものなのである。すなわち、人間とは如何なる存在であるかを啓示から、また、世界史のあれこれの出来事の意味をキリストの啓示から理解しようとする。ところでモルトマンの場合、歴史は神に対する人間の反抗に満ちているのであるから、それにもかかわらず神の国に関する神の約束が歴史内に実現されつつあるその軌跡をあれこれ指し示すならば、それは人間の反抗の水で一杯の池の中で、対岸へとわれわれを導いて行ってくれる飛石を探すのと同じことである。われわれが選ぶ飛石は、実はその軌跡には全くならないものを、幻想でそのように思い込む恐れがないとは言えない。自分の信仰へのそういう恣意的追認の恐れがあるばかりでなく、神の苦難を主張するモルトマンの場合、歴史内での人間の苦しみという体験できるものが、世の苦しみのどん底が神の国へ至る軌跡とされかねない。そうなると、歴史内で苦しみが深まれば深まる程、それだけ神の国は近いというような、苦しみ自体を聖なるものと考える病的な世の終わりへの期待、カタストロフィズム(catastrophism)に落ち込む危険がある。

 パネンベルクにおいては、希望を水平線上で普遍史的に所有するということが実存の要請なのである。バルトは教義学の対象である救済史と実証的な歴史科学の対象である世界史とを一応区分したのであるが、パネンベルクはバルトのこの二元論を克服しようとする。その理由は、実証的なものをおもな素材とする世界史の中で生きている実存が、世界史の内部に到来する神の国という希望をもたなければ、神の国を指し示す実証的なものは本来的には無意味となるし、また、われわれはそれらの実証的なものを歴史内に創作する意欲を失うからである。要するに、パネンベルクによるバルト的二元論の克服は、人間の歴史体験を問いとし、神の国をそれへの答えとする図式でなされている。人間の世界史体験という次元はそれ自体の意味を問わざるを得ないが、(世の終わりの一般的復活の先取りであるキリストの復活を土台とした)啓示の次元がそれに対する答えを与えているのである。ブルトマンが、個人としての実存に対し神の将来を指し示し、実存の発する問いに対する答えが神の将来の中にあることを主張したのに対して、パネンベルクは、人類全体の発する問い、歴史は何故かに対して神の未来(歴史の終わりの神の国)が答を与えるとなしたのであり、この点でパネンベルクは、バルト神学よりもその方法論においてブルトマンの実存論的解釈の方に近い(34)。

 ところで、希望の神学にしてもテイヤールの思想にしても、世界史の中に実現する神の国という希望を持ち込んできた意図は、現在のわれわれの生活と未来の神の国とを結合することによって、現在のわれわれの歴史を明日に向かってどのように創作すべきかに関する方向付けを得るところにあると思われる。そのためには、神の国と現在との実証的な結び付きを求めるのが当然となる。したがって、希望の神学の本来の意図は、モルトマンのにもかかわらずによる結び付きよりも、パネンベルクの結び付きの方によりよく生かされていると言わざるを得ない。更に、パネンベルクよりも、宇宙大の科学的探索の中でその結び付きを模索したテイヤールの方が、希望の神学の本来の意図によりよく沿っていると言えるかも知れない。しかし、われわれはこういう希望の神学の意図に異議を覚えているのである。既にわれわれはテイヤールの思想に対する批判の中で述べたのであるが、神への信仰はそういう実証的なものへの依存とは全く異なるし、歴史は自然ではないのであるから、神の約束によろうが神の摂理によろうが、必ず実現する神の国などという思想は、神の自由と人間の自由の織りなす創作として歴史を理解する歴史的思惟に立つわれわれには、元来許容できないものである。このように、ティヤールの思想に対する批判のすべてが、モルトマンやパネンベルクにも同様に向けられるであろう。


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 ここでわれわれは、パウル・ティリッヒにもう一度登場して貰うことにしたい。彼も必然的な進歩の思想は退けられねばならないとして、次のように言う。「歴史を見るに当って、そこでの進歩が続いて遂には驚くべき成就である終わりが到来するという風に考えてはならない。そういうものは、歴史の中にはない。何故なら、人間は自由だからである。自分の本質的性質や自分の成就を否定する程に自由なのである(35)」。更に、われわれがティリッヒから学ばねばならないのは、モルトマンやパネンベルクが黙示文学の地上に実現される神の国を、それが世界史内で起こるという点では文字通りに解釈するのに対して、ティリッヒが黙示文学のキリストの千年王国――その間、悪魔的な力は滅ぼされてはしまわないが、鎖につながれている――を象徴として理解することである(36)。われわれは世界史の中から、一時期、ある特定の悪を取り除くことができる。例えば、ヨーロッパの歴史からヒトラーを取り除くことができた。しかし、ヒトラーによって表現されたその背後にある悪の力、歴史の不条理や人間の心の中に潜む悪の力を滅ぼすことはできない。いつかまた、それらは別の形をとって世界史内に姿を現わすかも知れない。それらの力がいつまでも姿を現わさないという保証はないのである。しかし、世界史の中で偉大な時期を、絶対的・ユートピア的な神の国ではなく、ティリッヒの言うカイロス(kairos)、永遠に滲透された時を、相対的にではあっても愛と正義とに向かって高揚した時期をわれわれは体験することができる。そして、ティリッヒが言うように、この体験の追求こそわれわれにとって、歴史の中に生きることの意味なのである(37)。


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(1)Tillich, Paul : The Future of Religions, edit. by J.C. Brauer, New York, Harper & Row, 1966, p.40.
(2)拙著『実存論的神学と倫理』、東京、創文社、昭和45年、192頁および196頁を参照のこと。
(3)Tillich : The Future of Religions, pp.41-42.
(4)ibid., p.46 & p.48.
(5)テイヤール・ド・シャルダンの思想の良い紹介書としては、次の二書をあげておきたい。Rideau, Emile : Teilhard de Chardin ― A Guide to His Thought, trans. by R. Hague, London, Collins, 1967 ; Smulders, Piet : The Design of Teilhard de Chardin, trans by A. Gibson, Maryland, The Newman Press, 1967. また、テイヤールの著作は多数日本語に翻訳されている。特に東京のみすず書房からは十巻の著作集が刊行されつつある。伝記及び思想の簡潔な紹介としては次の書物がある。山崎庸一郎著『テイヤール・ド・シャルダン―未来への問いかけ』(講談社現代新書、昭和46年)。
(6)Teilhard : Le groupe zoologique humain, Paris, Albin Michel, 1956, p.132.
(7)Teilhard : The Future of Man, trans. by N. Denny, London, Collins, 1964, P.114 ―― : Le groupe zoologique humain, p.133-134.
(8)Smulders : The Design of Teilhard de Chardin, p.108.
(9)Rideau : Teilhard de Chardin, p.117, pp.451-452.
(10)Tillich, Paul : Systematic Theology, vol.3, Chicago, The University of Chicago Press, 1963, p.5.
(11)Smulders : op. cit., p.141.
(12)Weil, Simone : La Pesanteur et la Grace. ここでの引用は次の翻訳によった。シモーヌ・ヴェーユ著、野口啓祐訳『愛と死のパンセ』、東京、南窓社、昭和44年、96頁。
(13) 『愛と死のパンセ』、77頁。
(14)同上、78頁。
(15)同上、82頁。
(16)同上、84頁。
(17)同上、85頁。
(18)田辺保著『奴隷の宗教――シモーヌ・ヴェイユとキリスト教』、東京、新教出版社、1970年、181頁よりの再引用。
(19)『愛と死のパンセ』、77頁。
(20) 同上、161頁。
(21) 同上、372頁、及び、376頁。特に、384頁以下。
(22)Whale, John S.: Christian Doctrine, Cambridge, The University Press, 1952, pp.180-181.
(23)Moltmann, Juergen : Theologie der Hoffnung, Muenchen, Chr. Kaiser Verlag, 1964, S.127.
(24)ibid., S.202.
(25)ibid., S.209.
(26)ibid., S.254.
(27)拙著『実存論的神学と倫理』36−47頁。
(28)Pannenberg u.a.: Offenbarung als Geschite, Goettingen, Vandenhoeck & Ruprecht, 1965 (3 Auf.), S.98.
(29)Moltmann : Theologie der Hoffnung, S.201.
(30)北森嘉蔵「モルトマンの『十字架につけられた神』をめぐって」(東京神学大学神学会編「神学」34・35合併号)参照のこと。
(31)拙著『実存論的神学と倫理』40−44頁。
(32)Barth, Karl : Fides Quaerens Intellectum, Zuerich, Evangelischer Verlag, 1931.
(33) Moltmann : Theologie der Hoffnung, S.79-80.
(34)パネンベルク著、近藤勝彦訳『神学と神の国』(東京、日本基督教団出版局、1972年)に寄せられたパネンベルク自身による「日本語版への序」は、ブルトマンとパネンベルクとの類似性を語っており、興味深い。特に5−6頁。
(35)Tillich, Paul : The Future of Religions, p.79.
(36)ibid., p.78.
(37)ibid., pp.77-78.



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入力:平岡広志
http://www.geocities.co.jp/SweetHome-Brown/3753/

2002.9.30








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