野呂芳男<書評>熊野義孝『教義学第三巻』(1966)  Home  >   Archive  /  biblio


教会的実存主義の香気
<書評>熊野義孝『教義学・第三巻』新教出版社

 初出:『福音と世界』1966年2月号、新教出版社、64−68頁


 十年にもわたって書きつづけられた熊野教授の厖大な「教義学」が、今回の第三巻の出版をもって完結したことを、長い間教えを受けてきた者の一人としてお喜び申し上げたい。第一巻は神について、第二巻は創造についてであったが、第三巻は宥和と自由についてであり、まさにキリスト教神学の中心問題を取り扱っている。第三巻は目次・索引を含めて550頁にものぼる大作であり、三巻全部では約1250頁にもなる。日本の教会史上教義学として最大のものになっている。

 この第三巻には、「第四篇:宥和について」、および、「第五篇:自由と完成について」が含まれているが、第四篇は四章から成り、通常われわれが和解論・キリスト論・贖罪論・義認論などと呼ぶ事項を取り扱っており、第五篇も四章から成り、聖化・教会論・礼典論等を取り扱っている。

 雑誌「興文」(昭和40年9月号)の編集部との対談の中で、熊野教授は「・・・日本では教会の歴史としては経験も浅いけれども、しかしキリスト者はたくさんいるし、したがってキリスト教的な共通の経験はあるはずだ。それをやはり引き出して根拠にしなければならない。そういう実際の教会の発展、苦しみ、教師・伝道者の形になっていない経験や信仰というものを代言することが必要ではないか」と言われ、ご自分の教義学の発想の地盤とも言うべきものを説明しておられる。この言葉は、教授の教義学のもつ性格を端的に表現しているように思われる。

 マイケルソン教授は、かつて熊野教授の神学を表現するに当たり「教会的実存主義」という言葉を用いたことがあるが、これは教会に属するキリスト者たちの共通の経験に根拠をおき、それを体系化しようとする熊野教授の傾向を指摘したものにほかならない。言わば教会を地盤とした体験論的神学が、熊野神学――こういう表現をとることをお許し願うならば――なのである。しかも日本の教会を地盤にしているがゆえに、この神学がどれほどヨーロッパやアメリカの神学潮流と折衝したとしても、そのために日本的な性格や独創性を失うことがない。一例をあげるならば、バルト神学との折衝はどうであろうか。熊野教授ご自身がバルト神学への共感を多くの点で示されているのであり、われわれも両神学の相似点に気づく。それにもかかわらず、熊野神学はバルト神学の翻訳ではもちろんないし、亜流などでも全くないのである。特に第三巻において目立つのであるが、両者は実に決定的なところで異なっているのであって、熊野神学はこういうところで、その独創性を豊かに示している。両者はキリスト論や贖罪論において、相当の距離を露呈している。

 神・人二性の一人格というカルケドン信条のキリスト論の理解には、昔から、両性の存在論的一致を強調するアレキサンドリア型と、この一致の中の両性の断絶(神性・人性の質的相違)を強調するアンテオケ型とがあり、今日の神学界においてもこの対立は解消していないと思われるが、どちらかと言うとバルト神学はアンテオケ型であり、熊野神学はアレキサンドリア型である。このことは、普通今日の神学界で代表的なアンテオケ型と言われているポール・ティリックのキリスト論を批判されている熊野教授の叙述から明らかである(44、75頁等)。さらに、バルトによれば、贖罪の主導権をもつものが、キリストの神性であり、キリストの人性の苦しみは、神が人間と和解されるためにとられた手段であるが、しかし、神と人間との和解は、キリストが人間の受けなければならないさばきを代わって受けて下さったがゆえに成り立つのである (Dogmatik, IV/1, pp.270-273 ; II/2, pp.179ff.) 。すなわち、バルトの購罪論は宗教改革者、特にカルヴィンの刑罰代償説の系列に属するものである。ところが熊野教授は、キリストの人間としての神への服従、キリストがわれわれ人間の成就できない律法を代わって成就して下さったということ、また、それによって神に満足を与えられたということに、その購罪論の土台をおいている(212, 229-230, 234, 249-250, 253, 256頁以下)。これは、11世紀のアンセルムスの贖罪論であったあの満足説の系列に属している。

 しかし、こういう相違の背景には、神学するに当たっての地盤の相違が存在するのであり、この点で熊野教授は、ご自分が日本の教会の地盤で思索されていることを強く意識されている。この意識から、熊野神学の主張であるところの、キリスト論から贖罪論への姿勢が生まれてきている(48, 175頁)。前から熊野教授はキリスト論を中心にされた教義学の形成に努力されてきたのであるが、それは、組織化された教会が強力な形で存在しなければ、日本のような異教的社会の中では、キリスト教が存続し得ないと感じておられるからである。そして、そういう教会形成は、教会はキリストの身体であるという教会論がその土台になければ不可能である、と主張されてきたのである。従って、基本的なところで、熊野神学は大陸の神学、例えばバルト神学などよりも、受肉を中心にしたところの英国教会(聖公会)の神学に近いのである。そして、歴史の浅い日本の教会は、ニケア信条やカルケドン信条の古典的なキリスト論を大切にしなければ、いつのまにか異教化されてしまうだろうという洞察もそこから来ている。宗教改革の伝統に属すると言えるところのあの刑罰代償説的な贖罪論に文字通り忠実であることからの自由も、熊野教授にとっては、日本の教会におけるキリスト論の重要性への強調から生まれてきたものなのである。この点で、同じ日本の教会の地盤に生まれながらも、贖罪論を中心として形成された北森嘉蔵教授の「神の痛みの神学」との対照は著しい。

 人間キリストの神への服従としての律法成就が熊野教授の原罪論の中心的位置を占めていることの理由としては、もちろん、それが旧い契約と新しい契約とを結合させ、旧新約聖書を律法の要求と成就という角度から統一的に解釈し得るという利点をあげることができる(231頁)。しかし――これは私の推測にすぎないが――それだけではなく、日本の精神的風土が耽美的であるがゆえに、ことさらに熊野教授は、キリスト教のもつ倫理性、罪赦された者も、キリストの律法への服従に参与することによって初めて、自由を獲得し得るという角度から見られた贖罪論を強調されるのであろう。

教会を地盤にした体験論的神学であるという熊野神学の特徴は、教会の中の信者の体験において、啓示からすべてを理解しようとするところの言わば垂直線とも言うべき神学の傾向と、教会が歴史の中を生き抜いてきたがために、堆積したところの遺産から思索しようとする神学の傾向、言わば水平線とも言うべきものとを結合しているところに見られる。われわれは長い間、熊野教授がバルト神学的な啓示からすべてを理解しようとする神学と、トレルチの歴史主義的なキリスト教の理解の方向とを統一しようと努力されてきたことを知っているのであるが、この垂直線と水平線との結合の場を、教会の中に生きる信者の体験の中に教授は見出されているのである。

 具体的にはその結合は、教会論におけるところの、伝承と伝統との区別および総合において見られる(168−169頁)。歴史的教会は、その遺産を当然伝統という形態で保存するわけであるが、しかし、それは死せる遺産ではない。教会は過去の遺産に依存して将来創作的でないならば、死んでしまうのである。過去は将来創作のための跳躍の場を提供するのであるが、そればかりではなく、その跳躍をなさしめる弾力は、過去の中の生命あるものから提供される。こういう事情を教会論的に表現したものが、伝統と伝承なのである。すなわち、伝統を常に新しいものに創作して行きつつも、その伝統との有機的一致を失わないようにさせるところの、伝統創作的な弾力こそ伝承なのである。そして、具体的には、伝承は熊野教授によって、神・人二性の一人格というニケアおよびカルケドン信条のキリスト論の路線として規定されている。

 このように教会の伝統がそれ自体将来創作的であり、教会の存在するその時代の文化的状況の中で生きつづけて行くものであるという主張から、実に感嘆しないわけには行かないところの、熊野神学のもつ柔軟さが生まれてくる。例えば、ブルトマンの非神話化論によって代表されるような実存論的神学との折衝には、それが見事に示されている。

ブルトマンの非神話化論、あるいは、実存論的聖書解釈は、聖書を現代人としてどのように受けとるべきであるかという問題設定から出発しているのであり、今日の状況の中で教会が語るべきものが何であるかの追求である。熊野神学の用語を借用するならば、聖書の伝承を、どのように今日の状況の中に具体的な形をもったところの伝統として、受肉させたらよいかというのが、ブルトマンの発想の地盤であった。それゆえに、熊野教授とブルトマンとの間には、神学の根本的なところ、その発想の地盤において共通性があり、従って、両者の労作には多くの点で対比的なもの、類似的なものが見られる。しかし、根本的な相違をもってである。すなわち、熊野教授の場合にはカルケドン信条のキリスト論のアレキサンドリア型の解釈が伝承であるのに対して、ブルトマンの場合には原始教会の終末論的なケリユグマ(信条)がそれである。

 熊野教授とブルトマンとのこの点での相違を念頭におきながら、熊野教授の教会論を理解することは非常に有益である。歴史的教会は、熊野教授によれば、相反する二つの秩序、すなわち、永遠と時間との接点に立っているのであり、このことは、神・人二性の一人格というあのキリスト論的事態と相即する(433−434頁)。しかも、熊野教授のキリスト論がアレキサンドリア型のものであることを想起するならば、教会は永遠者の歴史的身体であるという熊野教授の発言(433頁)の意味内容が明瞭になってくる。アレキサンドリア型のキリスト論においては、既に述べたように、神・人二性の統一が強調されたのであり、その統一は神性(永遠)の人性(時間)への滲透――両者の区別を保ったままではあるが ――によって表現される傾向があった。熊野神学においては、永遠が時間(歴史)の中に滲透して来るのであり、垂直線は水平線の中に滲透的屈折をなすのである。こういう仕方で、バルト神学的なものとトレルチ的なものとの結合が、伝承が、永遠者の歴史への受肉としての教会論が思索されているのである。

 以上の叙述から明らかであると思われるが、熊野神学は高貴な古典的なかおりをもち、西欧の教会の源流をたずねつつも全く現代的でもあり、しかも、きわめて深く日本の教会の地盤に根を下ろしているものであって、私は世界の神学界に向かって、われわれが誇りをもって提示しうるものであると常々考えている。私が恩師熊野教授と幾分神学的立場を異にし、熊野神学よりも実存論的神学の立場を自分の立場としていても、それは恩師に対する厚い感謝と、その神学への郷愁や愛惜の感をもちながらなのである。エリオットの高貴な古典の温い雰囲気から、カフカの寂寥(じゃくりょう)と孤独の雰囲気の中へと、投げ出された感じがするのである。しかし、仕方がないことである。

 永遠が時間の中に侵入してくる時に、それが人間の決断を要求する問いという形で入って来る場合と、熊野神学のように滲透という神秘的・存在論的な形で入ってくる場合とでは、それぞれ異なった神学の型を作って行くと思う。後者の場合に私が恐れることは、永遠の時間への滲透を語ることが、いつのまにか時間の神化に変貌しないであろうかということなのである。アレキサンドリア型のキリスト論に対して、アンテオケ型のキリスト論に立った神学者たちが心配したのも、その点についてであった。これまで伝統を形成してきた教会が、また、その中に生きている信者の体験が、いつのまにか神的なもの、究極的に権威あるものとして見られがちではないかという危惧をもつのである。アレキサンドリア型のキリスト論を土台にした教会論、また、その教会の体験の中から生まれてくる神学は、どうしても保守的な性格を帯びないわけには行かないのである。

バルト神学の強調する永遠と時間の断絶の徹底が、キリスト論的にも教会論的にも顧慮されなければならないのではないか。こういう質問を私は熊野教授に対して抱くのである。この断絶を曖昧にする時に、われわれは時間の中でのわれわれの業績を、徹底的にさばくところのものを失うのである。伝承と伝統との区別および結合については、私は熊野教授からたくさんのものを吸収したのであるが、両者の結合がもう少し伝承からの伝統へのさばきを内包しながらなされなければならないのではないか、というような僭越な感想をもっている。

 伝承を具体的にカルケドン信条に表現されている神・人二性の一人格のキリスト論として理解することも、私は熊野教授に負うているわけであるが、このキリスト論の理解をアンテオケ型に、すなわち、一人格としての統一の中での、神性と人性との質的断絶を保持しつづける方向にもって行くことが、われわれの問題点を解決してくれるのではないかと思う。こうするならば、伝承は伝統を創作するに当たり、常にさばきを内に包みながらそれをなすことになり、われわれは伝統の神化を避けることができるのではないだろうか。

 さらに、アンテオケ型の解釈であれば、今日の新約学が強く打ち出しているところの、新約聖書の使信のもつ終末論的性格とも一致し得るのではないだろうか。新約聖書の神の国は、徹底的に人間の歴史とは異質のものであり、人間の努力によって地上にもちきたらされるものではない。このような神的なものと人間的なものとの断絶という終末論的要素と、キリスト論とを結合する思索こそが、現代という人間神化の荒々しい時代に、最も要求されていることではないであろうか。また、教会自体が自分のもつ歴史的堆積物を浄化しなければならない時に生きている現代の教会の神学は、そういうものの方が良いのではないであろうか。永遠と時間との関係は、滲透というような存在論的なものを中心とした仕方においてではなく、人格的な問いと答えという仕方で、すなわち、人間の決断を中心としてそこから考えられなければならないと私は考えているが、それこそ実存論的神学の方向なのである。

 不遜な批評をさせて戴いたが、高雅な熊野神学、特にこの三巻の「教義学」との対話から、恐らく私は一生涯のがれることができないだろうとの予感をもって、この書評を終わる。

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入力:平岡広志
http://www.geocities.co.jp/SweetHome-Brown/3753/
2003.7.7