ユダヤ・キリスト教史 1998.2.10


講義「ユダヤ・キリスト教史」



第33回 ――キリスト教二元論?   (1998.2.10)


野呂芳男







 マルキオンにとっては、イエスの父なる神は、全く天地の創造とは関係しなかった愛の神であった。それに対して、デミウルゴスは正義の神であった。明らかにこのような考え方は、パウロにおける福音と律法の対立を背景に持っていたものである。更に、自分が人間を造ったのなら、その人間が自分に背いて堕落したとしても、創造者は自分の創造物に幾分なりとも責任があると言えるだろうけれども、マルキオンの宇宙神は自分が造ったのでもない人間のために、(従って、自分には無関係で、全く責任を感じる必要のない者のために)わざわざ救い主を送ってきたのだから、そこにはパウロの主張していた神の恵みが、強烈に表現されていたと言えよう。

 旧約聖書に出てくる族長や預言者たちは皆デミウルゴスに属する者たちであり、彼らが予言した救い主はイエスに関係のないメシヤであった。イエスは人間の両親も持たず、子供時代を送ったこともなく、その使命のために人間の姿をして、突然カペルナウムに現れたのである。勿論、彼にはこの世のものである肉も血もなかった。デミウルゴスの手先たちによって、この人間の形をしたイエスは十字架にかかって殺されたが、彼は自分の力で(神の力によってではなく)墓から甦ってデミウルゴスに勝利した。

 マルキオンは、旧約聖書と新約聖書とを対立させ、旧約聖書を当時の神学者たちが比喩的に解釈しているのに反対した。また、旧約聖書の中に書かれている神と人間との間の契約は、創造神が人間たちと結んだもので、キリストの出現前に真の神は人間と何の契約も結んでいない。マルキオンにとっては、パウロだけがイエスの真の使徒であって、他の使徒たちは福音を裏切り、ユダヤ教に後退していった者たちであった。

 異教の神々は、マルキオンにとっては、自然に属する神々であって、デミウルゴスの天使たちであった。真の神はこの世や自然と無関係である(異邦人のような)存在なのだから、この世や自然の中に浸透して働いてもいないし、天使など持ってもいない。この世の法とも無関係であり、裁きも行なわないし、怒りもしない。キリストは天地創造の業に関わっていなかったし、普通の誕生も経験していないのだから家族もない。キリストが出現するまで、創造神は真の神について、また、キリストについて、何も知らなかった。

 キリストは悪魔に対しても暴力を振るうことはない。キリストの十字架の意味は購い、つまり、身代金で買い取ったということであった。悪魔に対しても戦うことなく、悪魔が虜にした人間たちのために自ら身代金を払うことによって、キリストは悪魔に対しても正当な取り扱いをしたのである。そして、マルキオンのキリストには人間の体がなかったのだから、彼には苦しみがなかっただろうと想像するのは誤りである。精神的にマルキオンのキリストは、人間よりも遥かに苦しんだとされている。そして、未来において、キリストがこの世を裁くために現れることはない。しかし、最後の日には、真の神を信じる者たちと創造神を信じる者たちが区別される。今は、この世に生きる人間たちは、何とかしてキリストのような存在に自分を化して、創造者の手を逃れて真の神のところへ行けるように、キリストに救いを求めねばならないのである。







 特筆に値するのは、マルキオンが、前に述べた「主の福音書」に10程のパウロの手紙を加えて、自分の教会のために聖書を作ったことである。これが当時のキリスト教会を刺激して、私たちが今持っているような新約聖書が作られるようになっていったのである。

 マルキオンの作った教会は、その構成において当時のキリスト教会よりもデモクラティックであった。女性も司祭になっていた。但し、パウロの手紙に書かれていることを守って、女性が教会で説教することはなかったが。当時の教会の儀式であったバプテスマや聖餐式は、マルキオン派の教会も行なっていた。

 マルキオン派の教会は、4世紀にはイタリヤ、エジプト、パレスチナ、アラビヤ、シリヤ、ペルシャに存在していたし、グノーシス派の教会が滅んでしまった7世紀になっても、マルキオン派の多くの教会が残っていたことが分かっている。







 現代におけるキリスト教の二元論を探るのが当面の私たちの目標なのであるが、マルキオンの信仰はパウロの思想を土台としていて、なかなかに魅力的である。しかし、全体として調和のとれた形でパウロの思想がマルキオンによって採用されていたかというと、私には疑問が残ってしまう。彼は創造神は正義であり、真の神は愛であるとして、簡単に両者を区分けしてしまったが、正義と愛とは全く互いに無関係なものであろうか。私はそのようには考えることができない。正義とは、愛を公平・平等に配分することなのだから、愛があって初めて正義はその本質をまっとうすることができるし、正義なしでは、愛はこの世で存在する方途を失ってしまう。この世における悪の存在をマルキオンが真の神の責任ではないと言った点は、私も同感なのだが、それを言うためにイエスの人間性を否定し、愛と正義とを完全に分離させてしまったのでは、キリスト教にとって代償が大き過ぎたのではないか。







 話をマニ教の二元論に進めることにしたい。マニ(216年頃から276年頃)はペルシャ人で、エクバタナに生まれた。父はキリスト教徒であった。ペルシャ王パーシャル一世即位の時に、マニは自分が感得した新宗教を宣べ始めた。王の信任を得ることができたが、マニはゾロアスター教徒に迫害され、中央アジヤで伝道せざるを得なくなったけれども、王の没する前に再びペルシャに帰ってきて伝道した。間もなく、ゾロアスター教の祭司に捕らえられたが、ホルムズ一世の保護を受けることができて釈放された。しかし、結局はゾロアスター教徒に捕らえられて、火刑に処せられてしまった。

 一時期アウグスチヌスもマニ教徒であったが、マニ教は「マタイによる福音書」(7:18)に根拠を置いて、現実が「よい木」(命の木)と「悪い木」(死の木)の二元から成り立っているとした。そして、私たちが前に勉強したグノーシスとは違って、これら二元はどのような意味でも同じところから出てきたものではなかった。永遠の昔から永遠の未来に至るまで、二元は二元のままであった。

 二元は現実との関係で三つの契機によって理解されねばならなかった。初めに「良い木」と「悪い木」は分離していて、それらが現在では混合しているけれども、やがて未来には、また分離してしまうのである。マニの二元論では、人間の魂と体は異質のもので、違った原理から出てきているのだから、体の欲を節して私たちは「良い木」の原理と合体しなければならないのである。

 マニは自分を、イエス・キリストの使徒マニと言っていたが、マニの信仰にとって根源的に重要なのは二元論だけであったので、マニは沢山の宗教や哲学を自分の信仰と結合することができた。つまり、二元論でありさえすれば、どんなものでも自分の信仰に取り込めたのである。ゾロアスターの宗教的二元論、ブッダの迷いの世界(サムサーラ)と解脱した悟りの世界、パウロの(罪と悪の)悪魔的世界と(愛と救いの)神やキリストの世界などの二元論が、マニにはことごとく自分の信仰的世界と同じものと映った。従って、『二元論の復権』の著者で、シモーヌ・ヴェーユの友人であったシモーヌ・ペトルマンが言っているように(日本語訳133頁)、自分の信仰はマニにとって、どこでも通用する普遍的で、絶対に正しい、全宇宙の運命であるような宗教なのであった。



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入力:平岡広志
2003.4.30