野呂芳男「実存論的なキリスト論への一試み」 Home > Archive / Bibliography
実存論的なキリスト論への一試み
野呂芳男 1 2 3 4 5 6 7 後記
初出:『基督論の諸問題−石原謙博士喜寿祝賀論文集』青山学院大学基督教学会編、1959年、243−275頁。 後に加筆の上、『実存論的神学』第6章「キリストとしてのイエスの出来事」の一部として再録。
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今日の神学的状況の中で最も我々の注意を引くものの一つは実存論的な神学であると言って差し支えない。此の実存論的神学はカール・バルトの「神の言の神学」と共に、徐々に発展し来たったものであるが、カール・バルトの神学が一応その役割を果したと思われる今日の神学的状況に於ては、我々の注意はいきおい、この実存論的神学に向けられざるを得ないのである。
私がここに言うところの実存論的神学とは、如何なる神学であるかを明らかにするために、その傾向に属する神学者達の名前をあげてみるならば、ルドルフ・ブルトマン、フリードリッヒ・ゴーガルテン、ラインホルド・ニーバー等を指すのである。これらの神学者と共に私は、一応ニコラス・ベルジャエフ、並びにポール・ティリックをその中に入れても良いのではないかと思っている。しかしながらポール・ティリックの場合に於ては、そのドイツ観念論的な傾向及びその神秘的存在論のために、他のきわめて実存論的な傾向と共に、それとは異なる要素が多分に存在していると言うことができよう。またニコラス・ベルジャエフについても同じことが言えよう。彼においても、実存論的な思索と共に、彼独特の無について、また無からの神の誕生について、またこの世の悪の存在の問題について、あまりにも形而上的神話的な思索傾向が多くあると言わざるを得ない。この様な彼に於けるところの形而上的神話的思索傾向が果して、彼の実存論的な思索傾向と調和し得るものであるかどうかは大きな問題であると言う事ができよう(1)。更に、或る人々にとって、私がラインホルド・ニーバーを此の実存論的神学者の中に入れたことは驚きを与えることかも知れない。併し、彼自身がそれに気づいているよりも、神学的にはニーバーはブルトマン及びゴーガルテンに遥かに近く立っていると私は思うのである。
註
(1)このような自己の形而上的神話的要素を、ベルジャエフ自身は決して実存論的傾向に反するものとは考えていない。むしろ、このような神話的な神や無や悪についての思索は宗教に固有なものであって、神話を否定する事は出来ないと言っている。併し問題は神話的思索を棄てるか棄てないかと言うことではなく、それがベルジャエフの実存論的傾向と調和できるものであるかどうかと言う事である。Berdyaev, Nicolas : Dream and Reality, trans. by Katharine Lampert, New York, The Macmillan Co.,1951, pp.178−181.
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さて、ブルトマン並びにゴーガルテンが、カール・バルトの神学から深い影響と恩恵とを受けながら、しかもなおカール・パルトとは異った方向で彼らの神学的な歩みを現在続けているという事については、その理由をどこに発見し得るであろうか。恐らくカール・バルトの神学においては聖書に対する釈義的な方法論が欠如していると言う点が、彼等が異なった方向に神学的歩みを進めざるを得なかった理由であろう。ブルトマン並びにゴーガルテンの立場から言うならば、聖書への我々の接近の角度を、我々の実存の仕方を解決して欲しいと言う質問設定からなすのである。それは人間の実存の問題の解明を聖書自体が自己の設問として持っていると釈義的に見倣して、その角度より聖書に接近し、それを釈義的原理として聖書の中から神の語りかけを聞きとろうと言うのである。私が彼等の神学的傾向を実存論的神学と言った意味は、このような意味に於てである。さて、私は、このような実存論的神学の立場からどのようなキリスト論が導き出されるか、この問題をこの拙論に於て取扱ってみたいと思うのである。
さて、今、聖書の釈義的方法論を明らかにしたことが、この実存論的神学の大きな貢献であるといったのであるが、私はその釈義的立場をより明瞭にするために、ここにスイスのベルン大学の神学者であるところのマルチン・ヴェルナーの原始及び初代キリスト教史についての研究をとりあげ、このヴェルナーの研究と実存論的神学の聖書に対する立場とを一応比較検討してみたい。
ヴェルナーはアルバート・シュヴァイツァー的な徹底的終末論(die konsequente Escchatologie)の立場より、初代教会のキリスト論形成の過程を検討しようとするのである(1)。彼によれば、世界歴史的イエスは自己を、後期ユダヤ教的な神話的終末の思想に見られるところの「人の子」と同一視したのであって、その地上の生涯の間は自己の「人の子」性を隠していたのであるが、十字架の死の後、復活し、もう一度雲に乗って、神の国を此の地上に持ち来らす「人の子」として復帰するものと期待しつつ死んだと言うのである。パウロを含む原始教会の使徒及び信者達は、その事件が、彼等の生涯の中に起るであろうと待望していたのであるとヴェルナーは主張する。更に、彼によれば、「人の子」は勿論神ではなく、人間以上の天使的存在であって、原始キリスト教会は、キリストを神とは絶対に告白しなかったと言う。それでは、此のような天使的キリスト論が如何にして初代教会的キリスト論、特にカルケドン的な、キリストについての、神人二性の一人格であると言う告白を持ち来たらしたのであろうか。ヴェルナーは此の導因を原始教会がその終末の期待を裏切られたことにあるとし、初代教会は原始教会の終末論的ケリュグマを非終末論化(Enteschatologisierung)せざるを得なくなったからであるとしている。即ち、ヴェルナーによれば、初代教会は、ギリシャ的神秘主義を通し、キリストの事件を非終末論化して理解するようになったのであるが、其の非終末論化の基準となったものは何であるかと言うと、ギリシャ神秘主義的な物質の神化と言うことである。例えば、復活の生命は、原始的ケリュグマにおいては、現実の我々の肉体の神化ではなく、全く超自然的なものであったが、非終末論化されて、我々の現実の肉体が神化されるところの、それとの連続の関係にある永遠の生命として理解されるようになったとの主張がなされ(2)、其処に初代教会キリスト論発生の根拠をみている。即ち、キリストの人性が神性と結合することにより、人性の神化がなされ、この神化されたキリストの人性に礼典を通して参与することにより、信者はその人性を神化されるものと考えられ、此処に救いがあると主張されるに至ったとヴェルナーは考えている。
さて、このようなヴェルナーの考え方によるならば、アタナシウスとアリウスとの論争に於てアタナシウスが勝利を得たのは教会の歴史約感覚が麻痺していたからであるということになる。すなわち、原始教会によれば、イエスはむしろアリウスの考えたように、神と同一ではない、ある天使的存在として考えられていたからであって、グヴェルナーによれば世界歴史的なイエスについての理解で正しかったのはアリウスであったということになる。ところが、アタナシウスが主張した如き、イエスを神の受肉とみる考え方の方が、その当時発達しつつあったところのキリストの神秘的体としての教会の考え方に都合がよかったが故に、アタナシウスが勝利を得たのであるとヴェルナーは考えているのである(3)。
それではヴェルナーの、このような歴史的研究が、かりに原始教会がイエスを天使的存在の地上に降下したものと見倣していたと言う点に於て正しかったと仮定してみて、ヴェルナーのいう如くに、初代教会に於けるキリスト論の発展を考える場合に、期待していた終末が来ないという、裏切られた人々の感情を神学的に和解せしめようとの、いわば、期待を裏切られたという困惑の解決として、このキリスト論が発展してきたものとすべきであろうか。又は、厳密な科学的歴史的研究によるならば、原始教会のイエスについての考え方が、終末的な天使的存在の表われとしてのイエスであったとしても、それが初代教会のキリスト論に発展するにいたったのは、そこに深い実存論的な理由――この実存論的理由という言葉の意味はこの小論を読み進むにつれて明らかになることであるが――即ち、神学的な理由があったのであり、それをあの当時のギリシャ的な思想をもって表現せざるを得なかったが故に、キリスト論的な発展があったと理解すべきであろうか。云いかえるならば、キリスト論の成立というものの中に、単に純粋に科学的歴史的研究の分野とは異なった神学的理由をみることができないであろうか。ヴェルナーが見落したものがあるとすればそれは、実は、あの当時の人々がその不十分な思想的道具であったギリシャ的な、又、神秘的な思想形式をもって表現しょうとしたところの実存論的な神学的真理ではなかったであろうか。
このように考えてくるときに、我々はヴェルナーの研究における神学的な面での不十分さを如実に示すものとして、ルドルフ・ブルトマンのキリスト論についての研究にまで行くことを余儀なくされるのである。
註
(1)Werner, Martin : Die Entstehung des christlichen Dogmas, Bern-Leipzig, Verlag Paul Haupt,1941
(2) ibid. pp.692ff.
(3)ibid. pp.578−635
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確かにヴェルナーの言うように、初代キリスト教はギリシャ的な又神秘主義的な思考形式の影響下にそのキリスト論を形成したのである。併し、ブルトマン達の主張する如く、歴史の理解は常にその歴史を理解せんとする主体とのか関わり合いに於てなされるのであって、所謂純粋に客観的な歴史理解は存在しないのである。歴史理解に於けるこの歴史を理解せんとする主体の実存的決断は大きくその歴史の解釈に影響せざるを得ないと私も思うのであって、此の点ブルトマンの主張を高く評価したいと思う(1)。それ故に私は、ヴェルナー自身のキリスト教理解が、彼の原始・初代キリスト教の歴史の理解を強く彩っていることに注意したいと思う。ヴェルナーのキリスト教理解は非終末論化されたものとして、アルバート・シュヴァイツァーの倫理的神秘主義に近いものの如くである。従って、彼は始めから、徹底的終末論の天使的キリスト論が、何故ギリシャ的又神秘主義的思考形式のカをかりてまで、あのようなカルケドン的キリスト論に発展せざるを得なかったか、その内在的(教会的)理由に対して同情的でないかの感を与える。シュヴァイツァー及びヴェルナーと同じように、ブルトマンも原始教会のケリュグマが徹底的終末論的であったと考えているのであるが、シュヴァイツァーの倫理的神秘主義とは異って、その原始的ケリュグマが二十世紀の我々のためのケリュグマとして受取られるために、ハイデッガーの哲学の影響の下に、実存論的な解釈学的方法論である非神話化(Entmythologisierung)を提唱している訳である。
ヴェルナーは一応世界歴史的イエスに冒険的に肉迫し、それを科学的歴史的に解明した上で、初代教会がそれを非終末論化した過程を我々は現代においても続行すべきものであると考えている。それに対して、ブルトマンは寧ろ世界歴史的イエスの真相追求と言うよりは、原始教会のケリュグマにあらわれているイエスについての信仰の告白をとりあげ、聖書自体の中に内在している実存論的解釈であると彼が信ずる非神話化を、更に現代に於ても続けてゆこうとしているのである。
此の点に於て、ブルトマンの原始教会の終末論的ケリュグマを非神話化によって実存論的に解釈する立場は、原始教会の終末的神話を以って表現されているイエスへの信仰告白を、信仰告白的に――即ち、我々の実存の究極の問題として――現代に於ても生かそうとしている試みであって、そこではその終末の神話は棄てさられたのでなく解釈されているのである。ブルトマンの立場はヴェルナーの、ともすればイエスに於て現代人にとっても終末的な(究極的実存論的な)事件が起ったのであるとは考えず、只、イエス並びに原始教会の終末論を現代人の状況とは一応無関係なものとして――即ち、現代人の実存には一応関係なき過去の世界観に属するものとして――取扱う態度とは異っている。
このように原始教会のキリストについての信仰告白にとどまり、それ以前の世界歴史的イエスがいかなる存在であったかという点について探究するに冷淡であるかの如き感を与えるブルトマンの立場が聖書批評学的には様式批判(formgeschitliche Methode)として表現されていることは周知の事柄である。このような様式批判に対してヴェルナーは原始教会のケリュグマの奥にあるイエスの世界歴史的真実に迫るべきであって、様式批判の人々がそのような冒険的試みに対して冷淡であるとの批評を加えているが(2)、しかしながら此の批評というものも、かえってヴェルナーに対して反対の批判を生みだすことにもなりかねないのである。なぜかというと、ブルトマンの言わんとしていることは、原始教会のケリュグマの背後にあるイエスの世界歴史的真実に対しての探求を進めることを妨げるというところにその意図があるのではなくして、むしろ、そのように純粋に科学的歴史的研究というものと、イエスが我々にとってどのような意味をもつかという我々の実存にとってのイエスの意味の次元、この両者が別の領域に属するということを主張することであると思われるからである。云いかえるならばブルトマンの立場は決して世界歴史的イエスに対しての純粋に科学的歴史的研究を捨てるのではなく、ましてやそれを非難するのではなく、それはそれとして十分の意味をもつということを評価しながら、それと深い関連をもちつつではあるけれども、しかも尚、違った領域としてイエスがこの私にとって今何を意味するかという実存的な領域があると言うことを主張しているのである。このような実存論的立場から聖書を取上げていこうとするのがむしろブルトマンの様式批判の意味というべきであろう。
このような純粋に歴史的科学的研究と実存論的な領域との二つの領域の差をあらわすものとして私は次にポール・ティリックの画像の比論について述べてみたい。なぜなら私はここにポール・ティリックが実に神学的に興味のある仕方で深刻な問題を我々に提出していると考えるからである。
ティリックの「画像の比論」(analogia imaginis)とは、福音書記者達の画いたイエスの画像と、その福音書記者にそのような画像を書かせるように印象づけ影響を与えたところの実際の人物の生との間に、「存在の比論」(analogia entis)と相似な比論関係が存在するということである。人間が神について語ることが出来るのは、ティリックによれば、神と人間との間に存在的比論があるから可能なのであって、人間の言葉は神への象徴(Symbols)としての役割を果すのであるが、象徴は指し示す存在に参与(participate)しているものであるけれども、人間はそれらの象徴を越えて神の存在そのものを把握することは出来ないのである(4)。それと同じような比論が、純粋に科学的歴史的研究によって我々にまで明らかになるであろうところの世界歴史的イエスと、福音書のイエス像との間に存在するとティリックは考えている。併し此のように我々が世界歴史的イエスではなく、福音書に於けるいわば記者達の信仰により画き出されたイエス像を持っていることが、少しも我々の信仰生活にとっては、世界歴史的イエスを科学的に正確に知っていないとしても、損であることを意味しないとティリックは考えている。我々の中に新存在(The New Being)を作り出すと言う実存論的領域に於ては、福音書記者達がイエスにおいてあらわされた新存在の圧倒的なカに促されて書いた福音書のイエス像で十分であって、一応此のような実存論的領域に於ては世界歴史的イエスについての科学的な非実存論的知識の集積は役立たないものと考えられている。
更に、ティリックによれば、極端に言えばイエスと言う名の人物が実際存在しなかったと科学的歴史的研究が断言しても、我々のキリストに対する信仰は崩潰しないとされている。何故ならば、我々の信仰が要求するものは、福音書にあらわれたキリストとしてのイエスの画像(the picture of Jesus as the Christ)に比論的なる歴史的存在が何時何処にか世界歴史的に存在したことを信ずれば良いと考えられているからである。
以上のようなティリックの発言も、決して純粋に科学的歴史的研究によって世界歴史的イエスの真実の像を探ねることが無益であるとか、又はしてはならないことであるとか言うことを意味するものではないことは明白なように思われる。ここでポール・ティリックが意図していることも、確かに純粋に科学的歴史的研究の価値が認められなくてはならないが、それと切り離すことの出来ない仕方で、しかも尚、それから一応区別された領域として、信仰の領域が存在し、この我々の実存の領域で、イエスが私にとって何を意味するかという角度から考えることも必要であると言うことである。ティリックはこのように、前述のブルトマンと同じように考えているので、彼にとっても福音書のイエス像は、イエスが私の実存にとって何を意味するかと言う角度から書かれているところの実存論的なイエス像であってこれこそ我々の信仰の領域に於て必要なイエス像であるというのである。
さて、信仰は元来冒険的なものであるから、不確かさを何時もその中に含有しているところの科学的歴史的研究の持つ、世界歴史的イエスについての科学的歴史的な色々の疑惑をも、全て冒険的に肯定してみたらどうであろうかと言う議論もあり得る。併し、ティリックは明瞭に信仰の冒険と科学的歴史的事実についての冒険とを区別する。信仰の冒険は、人間存在の窮極的関心事に向っての実存の次元での冒険であって、不確かな科学的歴史的事実を受け入れると言う冒険とは次元を異にすると考えられている。彼によれば、このような実存の冒険の次元に属するものこそイエスをキリストと告白することである。このような意味で「画像の比論」と言う言葉が使われていることを我々が理解するならば、これはティリックが歴史批評に一応わずらわされないキリスト信仰を確立しょうとしたものであることが解るであろう。
註
(1)此の点をブルトマンはそのギフォード講演の中で極めて明瞭に論述している。Bultmann,Rudolf:History and eschatology,Edinburgh,The University Press, 1957
(2) Werner,Martin:op. cit. pp.52ff.
(3) Tillich,Paul:Systematic theology,Vol.2,(Existence and the Christ), Chicago, The University of Chicago Press, 1957, PP.114ff.
(4) Tillich,Paul:Systematic theology, Vol.1, Chicago, The University of Chicago Press, 1951, PP.239ff.及び Tillich,Paul:Dynamics of faith, New York, Harper & Brothers, 1957, pp.41ff.を参照。
(5)Tillich,Paul:Systematic theology vol.2,p.114.を参照。
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さて、此のような実存論的イエス理解の何であるかをもっと明瞭ならしめるために、私は、ブルトマン的な立場にたって組織神学を形成しようとしているゲルハルト・エーベリングがキリスト教的信仰をどのように理解しているかを説明し、信仰のこのような基本的理解がキリスト論にどのように関連して行くかを見てみたい。
エーベリング(1)は、新約聖書における信仰の意味を大体五つの特徴をあげて説明している。?彼によれば、新約聖書の理解による信仰とは、人間の部分的行為ではなく、人間の全体を含む行為であるところの実存的行為である。即ち、人間が自己の存在の根底を自己の外側に持つと言うことこそ信仰であり、それは人間が支配し得るものの中に自己の生の拠り所を持たないことであって、従って、信仰は根本的に将来性(Zukuenftigkeit)を持つものである。即ち過去・現在に存在するものの如くにそれを所有出来るものでなく、絶えず決断の中で把握するようなものである。?次に信仰とはその対象についての数理的な説明を盲目的に受取ることではない。もしそうであるならば、信仰は、その対象についての数理的説明を理解する能力がその人に存在するか否かに依存するのであって、一種の業になってしまうのである。むしろ、信仰は人格的なものであって、我々を将来への決断に駆るところの「言」(das Wort)に相応ずる。何故ならば「言」こそ「我とそれ」と言うが如き対象的相互関係を越えた「我と汝」と言うが如き人格的関係をあらわすのであって、新約聖書においては、このような信仰を喚起する「言」こそイエス・キリストと見倣されているからである。?更に、信仰は何かへの準備のための状態ではなく、それ自体、死に運命づけられた人間の持つことの出来る、真実の生命である。勿論、エーベリングにおいても、信仰が未だ来らないものに向っての希望をその中に持っていることが全然否定されているのではないけれども、信仰それ自体が、成就の実存的生への侵入として理解されている。?信仰は以上の如くに、人格的、決断的なものである故、エーベリングによれば、それはそれに固有な冒険的決断を少くすることによって深められないのである。むしろ、信仰は具体的状況の中での決断を通して養われるのである。エーベリングは、信仰の律法化及び敬虔な宗教的雰囲気をつくることは、むしろ信仰の決断を回避することであって、信仰を養うこととは反対的なものであると主張している。?最後に、人格的決断により、絶えず将来的にのみ保たれて行くところの信仰は、当然、理性や経験によって滅ぼされもしないし、又、証明されもしないと考えられている。勿論彼は此の主張によって、信仰が理性や経験の奉仕を受けることをも否定しているのではない。むしろ彼の主張は、理性や経験が常に決断の跡を追うものであり、付随的なものであると言うことであろう。
此のようなエーベリングの信仰理解は、ブルトマンの信仰理解と同様であると思われるが、ブルトマンの場合は、多くの人々が指摘するように、ハイデッガーの時間の理解に最も強く影響されているのである。勿論、時間はハイデッガーにとって、一応過去・現在・未来に区別されている。併しながら、ハイデッガーにとって、これらは水平面の直線上にあるものの如くに、順序よく上述の順序に従って並列して存在しているものではない。むしろ「現在」と云う次元はそこで人間が真実に生きるところの主体的な次元なのである。即ち、「現在」は常識的に考えられるところの、過去と未来との間にあって両者を分つところのものではもはやない。不安を必然的に内に持つ人間が実存的決断により真実に意味ある生を送る次元こそ「現在」である。又、このように不安の三つの構造的要素として過去・現在・未来が実存次元的に考えられるならば、「過去」も単に既に過ぎ去ったと言うものではない。それは、そこで真に意味ある生を送り得ない、自由なき次元である。このようなハイデッガー的な立場から言うならば、未だ来らざるものとして余裕のある「未来」はむしろ「過去」であって、其処には自由もなく、意味ある生を送らんとする決断もない。「現在」の次元で、我々に今、将に来らんとするものとして、余裕を与えずに迫り来る「将来」(Zu-knft)こそ人間に決断を迫るものであって、人間存在を死せる「過去」から救い出し、「現在」における意味ある生を送らしめるのである。もし我々が此の「将来」に向かって決断することを止めるならば、既に我々は真実の生から脱落した存在になっているのである。それ故に実存論的に考えられた歴史(Geschichte)は過去時――そこでは、もはや何ら新しき事態が生起しないのである――の世界歴史(Historie)とは異なって、将来に向っての決断を迫られている自由なる存在たる人間が、過去をその決断行為の中に含み入れ、現在で将来に向って行為するものとなるのである。過去時に於ける事態が将来的なものとして実存的決断を迫り、それに含まれ、それを促すものである時にそれは実存歴史的に(geschichtlich)意味あるものとして取上げられる可能性のあるものとなるのである。以上がハイデッガーの時間性(Zeitlichkeit)についての論議であって、これ(2)実は、ブルトマン及びエーベリングの信仰の理解の背後に立っているのである。
ハイデッガーの時間及び歴史理解を背景に持つブルトマンのキリスト理解はどうであろうか。ヴェルナーと同じように、ブルトマンも原始教会の観念は天使的存在としての「人の子」が顕現したものとしてイエスを理解することでもあったと考えている。併し、ブルトマンは天使的存在としての「人の子」と言う、此のイエスについてパレスチナの信仰者集団が使った――ブルトマンは以上の如く考えているのだが――呼称とともに、パレスチナの信仰者集団の使用した呼称として「メシヤ」、「ダビデの子」、「神の子」、「神の僕」をあげ、それらが終末を持ち来らす王者的存在を意味すると主張している。之等に対応するものとして、ブルトマンは、ヘレニズム的なキリスト教集団の人々によって使われたイエス――イエスはそこでも新しき時代を此の世に持ち来らしたと考えられた――への呼称として「主」、「神の子」等の呼称をあげ、それらが神的領域に属し、礼拝され、又或る意味では神とも考えられたのであるが実は絶対者としての神よりも一段と低い存在を意味したと言う。此のようなイエスへの原始キリスト教会の呼称の研究より、ブルトマンは原始教会のイエス理解がカルケドン的な神・人二性の一人格としてのキリスト論からは、遥かに遠いものであったと言う。併し、ブルトマンの場合にはヴェルナーと異って、例えばイエスは「人の子」と言う天使的存在であると原始教会が主張したのだとブルトマンが言っても、それは飽くまで科学的歴史的研究の領域のことであって、私のためのキリスト(Christus pro me)と言うキリスト理解の実存論的=神学的領域がそれから一応区別された形で彼には存在するのである。其処では終末を持ち来らす者又は神より一段低い新しい時代を持ち来らすある神的存在と言うような、言わばイエスの人格構造にその興味が集中されているのではなくて、イエスが私の実存にとって今如何なる意味を持っているかと言う救拯の次元が中心的に問題とされているのである(3)。ブルトマンが原始教会を徹底的に終末の期待の中に生きていたものと理解していることは次の引用がよく示している。
もしわれわれがもうひとたびイエスの呼称をみるならば、これらの呼称の意味は次の事にあるとも言われ得るであろう。それ等の呼称はどのようにして世界や人間が、イエスの出現によって新しい状況の中に呼び出されたかということ、すなわち、イエスの出現によって世界や人間が神に味方をするか、又は神に反対するかのどちらかの決断にまで呼び出されたということ、いいかえるならば、それ故に、世界に味方するか又は世界に反対するかという決断へまでの呼びかけを表現しているのである。そしてどのようにして、世界に反対し神に味方をする様な決断をなしとげた信者達が、この世界から取り出されるかを表現している。すなわち彼らは選ばれたるものの共同体として、すなわち、κλητοι又はεκλεκτοι又はαγιοι―― それらを訳するならば、呼ばれたるもの、選ばれたるもの、聖人達であるが――又は、終末論的な共同体として、λαοs θεου又はσωμα χριοτου――訳すれば神の民、キリストの体であるが――として此の世から取出されたのである。究極的に言ってこれらの呼称はすべてキリストを終末的な出来事として書いている。彼はメシヤであり、人の子である。即ち、救いの時をもち来たらすものとして古き時代の終りをなしているのである。故に彼に属するすべての人々が新しき被造物(καινη κτισιs)なのである(?コリント 5:17)。かようなものとしてイエスはκυριοsである。此の主への服従に於て信者達は、すぺてのこの世的な絆から自由にされて立っているのである (4) 。
さて、ブルトマンのこのような世界歴史的イエスの研究が、それではどのようにして現代の二十世紀に生きる我々と結びつけられ、どのようにして私のためのキリストとして受取られるようになるのであろうか。ブルトマンによれば、終末の出来事は歴史の意味を明らかに示すところのものである。云いかえるならば、神によって始められた歴史はその終りの出来事に於てその歴史に対する神の目的をあらわに示すのである。当然このような終末の理解は我々個人の実存の問題と深い関連を持つ。即ち、終末的な出来事は、われわれ個人の生の意味をあらわにするところのものといえるのである。過去二千年前に起ったイエスの出来事は私個人の実存の意味をもあらわに示すところの出来事である。それ故に、我々が実存としてどの様な態度をイエス・キリストに向ってとるか、そのことは我々実存の窮極的な意味に対して我々がどのような態度決定をするかということになるのである。このように、実存的な自己の存在の意味決定という仕方に於てブルトマンは新約聖書の終末論と二十世紀の我々とを結びつけたのである。
さてこのように、ブルトマンによって二千年前の新約聖書終末論が、現代の我々が自己の実存の窮極的な意味に対してなすところの実存的決断ということに解釈されていることは、ブルトマンの非神話化という解釈学的方法論によることなのである。
註
(1)Ebeling, Gerhard : Was heisst Glauben ?, Tuebingen, J.C.B.Mohr, 1958.
(2)Heidegger, Martin : Sein und Zeit, Erste Haelfte (4.Auflage), Halle, Max Niemeyer, 1935, pp.301−333.
(3)Bultmann, Rudolf : “Das christologische Bekenntnis des Oekumenische Rates,” in Glauben und Verstehn, Zweiter Band, Tuebingen, J.C.B.Mohr, 1952.
(4)Bultmann, Rudolf : Glauben und Verstehn, Zweiter Band, p.257.
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ブルトマンの言うところの非神話化としての解釈方法論は何を意味するのであろうか。私は今それを、この論文の課題であるキリスト論に関係がある限りに於て短くここに説明しておきたいと思う。
非神話化と言う概念は一般的にその内容について少しく明瞭さを欠いていると言えよう。マカリーはブルトマンに於ては神話という概念は大体二つの事柄を指しているように思えると言っている(1)。すなわち彼によれば、ブルトマンに於ける神話はブルトマン白身が述べているような後期ユダヤ教の終末論と――パレスチナの原始キリスト者集団のイエスへの呼称にあらわされている如き――グノーシスの救済神話――ヘレニズムの世界の原始教会によるイエスへの呼称にあらわれている如き――という新約聖書時代の神話的世界観がまず第一に取りあげられていると言う。ところが、此のような世界観と並んで、勿論この世界像と切り離されるところのものでは決してないのであるが、ブルトマンに於てはもっと簡単な事柄がその神話と言う概念の中に含まれているとマカリーは言う。それは二十世紀の科学と相反するすべての新約聖書の中にあるところの非科学的思想を神話であるとするブルトマンの考えであると彼は考えている。それ故にブルトマンに於ては、非神話化という言葉が、ある場合には極めて常識的に、近代科学の成果に合わないような原始的科学思想を排斥するという形をとるとマカリーは主張する。しかし、このような非科学的思想といえども新約聖書に於てはブルトマンのいうところの後期ユダヤ教的終末論、並びにグノーシス的救済神話と密接に結合されているのであると言う点を私は強調したい。従って我々はブルトマンの非神話化を論ずる場合に、単純に彼が聖書の中で現代の科学思想に反するものをとり出し、それを捨てたのであるということは出来ないのである。なぜならばブルトマンの非神話化の目的は神話的世界観を実存論的に解釈しなおすということであって、彼のこの非神話化方法論には、新約聖書が我々に語りかけるところのものは終末論的な、我々の実存的決断を要求するようなものであって、一つの世界観を与えるものではないと言うこと、即ち、世界観的なものは実存的なものを邪魔するものであるが故に、実存論的に解釈されねばならないと言うことが前提されているのである。故に、聖書の中にある非科学的なものは、それが現代の科学性に反するから実存論的に解釈されねばならない――(これも大切である。何となれば、このような非科学的なものは福音の本来の躓きであるところの罪の赦しと言う事実のところまで人々が来る前に、余計なところで人々を躓かせてしまうからである)――と言うことの前に、それが世界観的であるから実存論的に解釈されねばならないのである。このような実存論的な新約聖書の解釈学的方法論こそブルトマンの言う非神話化であると私は思う。即ち、ブルトマンの言う神話とは、新約聖書の、我々から実存的な決断を要求するような神の言葉を、世界観的にぼんやりとさせたり、覆い隠してしまうような全てのものを言うのである(2)。
ブルトマンは此のような自己の方法論が正しいと考えているが、それはすでに新約聖書自体の中に彼の意図するような非神話化が行われていると信じているからである。例えば共観福音書の中に於けるところのいわゆる徹底的終末論が――これについてはすでに我々はブルトマンに於て、又、ヴェルナーに於て検討してきたのであるが――パウロや、特にヨハネ文書の時代になると、すでに、すぐにきたるという意味での終末に対する期待が後方に押しやられて、むしろ、その終末の期待は内在化されていると思えるからである。ヨハネ文書の著者がイエスを信ずるものは今永遠の生命を得たのであり、イエスを信じないものはすでに裁かれているのであるといったときに、そこには明らかに世の終りについての世界観が実存論的なものとして内面化されている。共観福音書に於ては世の終りの出来事の後に与えられると考えられていたところの永遠の生命が、ヨハネ文書に於てはすでにイエスに於て現わされた神の意志に対して肯定的な決断をなして新しき生命を獲得することと同一視されているのである(3)。
此のように、ブルトマンによれば、終末論をイエスに於て現われた神の恵みある意志に対して人間がどのような態度をとるかという実存論的な問題に解釈しなおすことは、新約聖書の中ですでに始っていることである。彼の非神話化はこれを受継いだものであるにすぎず、新約聖書の中にある神話的終末論を現代の我々の実存的なイエスに対する決断の問題として解釈しているわけである。
さて、ブルトマン白身は神話を次の如く定義している(4)。神話とは非世界的、神的なるものが、世界的、人間的なるものとして、又は、彼岸的なるものが此岸的なるものとして表現されているものである。ブルトマンの此のような神話の定義をティリックのそれと比較してみよう。ティリックによれば、我々の経験を越えた事柄、例えば神について、我々の経験による事柄を通して語ることは象徴である。そして神と人間との関係を象徴的に語ることが神話であると言う(5)。
上述せるブルトマンの神話についての定義は、此のティリックの定義と同一のものであると言うことが出来よう。その場合、非神話化と言うことが、我々のキリスト教信仰から完全に神話を抹殺しようとの試みでないことは明瞭である。何故ならば、それは不可能だからである。それ故に、ティリックも、信仰において、神話がその神話である事を認識された上で、而も不可欠なるものとして使用されるべきことを主張している。(彼はこれを
broken myth と称している(6)。)
例えば、我々が聖書の中にある神話を実存論的に解釈して、二十世紀の我々に理解され得るものにしたところで、やはりそれは、非世界的、神的なものを、世界的、人間的なるものとして、彼岸的なるものを此岸的なるものとして表現せざるを得ないのであって、ティリックの言う如く神話である。此の意味に於ては非神話化は実存論的に翻訳された神話を産み出すにすぎないのである。
併し産み出されたものは実存論的な神話である。即ち、ブルトマンは前述せる如きその神話についての定義とは相応じない――即ち、神話の残る――非神話化を行うことをその意図としているのである。
むしろブルトマンの意味する神話とは世界観的、対象的神話のことであり、それは聖書の使信を曇らせているものであるから、その中に曇らされた形で存在している使信を明確ならしめようと言うのが彼の非神話化である。そして、彼の信ずる聖書の使信とは実存的な、我々から決断を迫る、関係神話であって、これこそ聖書の終末論的な使信であると考えているものと言えよう。
此の点についてブルトマンは、非神話化が神について単に否定的に語るものではないと主張しているが、彼が神が我々の父であると言う象徴をどのように理解しているかを知ることは興味あることである。彼は言う。
我々が神を行為するものとして語る時に、我々は、我々が神と出合い、語りかけられ、質問され、審かれ、祝福されていることを意味する、それ故に、このように語ることは象徴(symbols)や画像(images)で語ることではなく、比論的に(analogically) 語ることである。何故ならば、此のような仕方で行為者としての神について語る時、我々は、神の行為を人間の間において起っている行為と比論的なものとして考えている。更に我々は神と人間との交わりを、人間と人間との交わりの比論として考えている。此の此論的な意味で我々は人間に対する神の愛や配慮、彼の要求や怒り、その約束や恵みについて語っているのである。我々が神を父と呼ぶのも此の意味においてである。我々は此のような仕方で語ることを許されているばかりではなく、そうしなければならないのである。何故ならば我々は神の観念について語っているのではなく、神自身について語っているからである。斯く、神の愛や配慮は画像や象徴ではなく、此処において今働くところの神についの真実の経験を意味している。特に神を父として考えることには、その神話的意味は昔に消えてしまったと言ってよい。神に父と言う言葉があてはめられた時のその意味は、その言葉を我々が我々の父に対して、又我々の子供達が我々に対して使う場合を考えれば理解される。神に此の言葉が使われた時には、その肉体的な意味は完全になくなっているのであって、それは純粋に人格的関係を表現しているのである。此の比論的な意味で我々は神を父と呼ぶ (7) 。
此のブルトマンからの引用に明らかである如く、彼の用い方では幾分ティリックと異って、象徴も、神話も、対象的、世界観的なものを指すのであり、そして又、非神話化は神について語ることへの否定の道(via negativa)ではないのである。
さて、ブルトマンによれば、我々の実存に対して、その生の窮極的な意味をあらわにするところのものが、イエスに於て現われたる神の意志である。我々がどのような態度をイエスに対してとるか、此の実存的な決断が我々から要求されているのであるが、そのように我々から決断を要求するようなものとして、教会の説教壇から我々に語りかける新約聖書の使信がブルトマンに於てはケリュグマと言われているものである。
それ故に、非神話化とは、神話をケリュグマ化することであるともいえよう。以上の如くブルトマンの新約聖書神話のケリュグマ化は、人間がイエスに於てあらわにされた神の意志に信頼して意味なき生存から自己の実存の意味を知った存在にまで移されることを意図している。よく言われる事であるが、このように新約聖書神話を解釈した時に、その解釈原理となったものは宗教改革者メランヒトンの言葉であるところの「キリストのわれわれにとっての利益を知ることがキリストを知ることである」(hoc est Christum conoscere, beneficia eius cognoscere.) (8) にあらわされているのと同じものであったと思われる。すなわち、ブルトマンに於けるケリュグマは、キリスト自体の本質についての指針を我々に与えるものではなくして、むしろ私の実存にとってキリストが何を意味するかを告げるのである。この観点から神話がケリュグマ化されているのである。さて、此のような解釈原理に立ってみられた、ブルトマンのキリスト論はいかなるものであろうか。ブルトマン自身の言うところによると、義認の教理は次のことを明瞭に表現している。
即ち、キリスト論は本質についての思索(Wesensspeculationen)によってではなく、キリストの事件を説教することに於て成立つと言うこと、そしてまた、このキリストの事件について理解ある観察をすることは思索すること(Speculation)ではなくして自己反省(Selbstbesinnung)であり、自己の新しい存在についての決定的な思索をすること(Durchdenkung)である(9)。
確かに此の引用に於てみられるように、ブルトマンにとってはキリスト論は義認の教理と同じである。そこではカール・バルトが非難するように、キリスト論と救拯論が一つのものである。しかしブルトマンはバルトの此の非難を、少しも非難として受取らない。何故ならブルトマンにおいてはこの両者が区別されることなしに一つとして考えられているのであるからである。併し、バルトの場合に於ては、両者は区別されつつしかも統一あるものとして考えられているのである。バルトのブルトマン批判によると、ブルトマンの場合に於てケリュグマはキリストの事件について語るものであると言われるときに、事件という面だけが強調されているのである。それはバルトのように、キリストの事件について語るものがケリュグマであると理解されるときに、キリストの方が強調されるような行き方とは明瞭に異っているのである。更にバルトはブルトマンを批判して言う。ブルトマンに於ては、キリスト論が救拯論の中に解消されており、単にキリストは救拯論にその始めと名前とを与えて歴史的な性格を付与するに過ぎない存在でしかないと批判している(10)。確かにバルトの言う如くブルトマンに於てはキリスト論が救拯論の先に立つのではなく、救拯論がキリスト論を中に含んでいる。否、救拯論自体がキリスト論なのである。このようなブルトマンの考え方がよいか悪いかと言うことは既に我々の聖書解釈の前提の問題であって、尚早にいずれが真のキリスト論の理解であるかを決定することは危険なことである。
ブルトマンのような実存論的神学に於ては、すべてが我々に対するキリストの意味という点から解釈されるのであるから、キリスト論に於てもイエス・キリストがどのような本質の持主であったかと言うことにその興味が向けられないのは当然である。例えば、カルケドン的なキリスト論が意味するところの、イエス・キリストは神性と人性とを、分離せずにしかも混合せずに所有するところの一人格であるというキリスト論は、もはやブルトマンにとっては我々の関係的、実存的な決断を妨げる世界観的な思索としてしか考えられない。ケリュグマ化されない神話の領域に於てキリストが考えられるときには、前述せるところより明らかなように、キリストは終末のときにあらわれる王者的な存在であったり、又は、後期ユダヤ教的思想にあらわれる「人の子」であったり、グノーシス救済神話の中にみられる、ある神的存在であったりする。しかしながら、ケリュグマ的に見られるなら
ば、此のような神話にまといつかれているイエスが、我々の実存にとっては、実にそこに於て我々の窮極的な問題があらわにされるところの神の事件として考えられているのである。
さて、このケリュグマ的に見られたイエスに対して我々がどのような態度をとるかということは、此のイエスの事件を我々に与えたところの神に対してどのような態度をとるかと言うことと同一の事柄である。言い換えるならばイエスの事件は同時に神の事件である。此のような事件的意味に於て、イエスに於て我々が神に出合うと言うのがブルトマンのキリスト論であるということができる。此のように実存的な決断と言う観点からすべてのことが考えられるのであるから、キリストの事実も、いつどこで彼が十字架にどのようにしてかけられたかと言う世界歴史的事実よりも、私の実存にとってそれが何を意味するかと言うことが、即ち古き私が死に、過去から切り離されると言う実存的な意味が重要なものとしてブルトマンにより取扱われている。同じようにキリストの復活に於ても、復活の朝の空虚な墓と言う事柄に復活の意味を認めるのではない。むしろ、そのような奇蹟的な事柄に対しての我々の好奇心は、我々の実存にとって深い意味を持つものとして復活を理解することの妨げになるのである。ブルトマンによれば復活とは、十字架の事件の我々の実存に対する意味を明瞭にするものである。私の生存が実存の意味を発見して新しき生命に生れかわることこそ復活の出来事に出合う事である。
註
(1)Macquarrie, John : An existentialist theology, London, S.C.M.Press, 1955, pp.166−1803
(2)此の点を最も明瞭に示しているものはブルトマンとティリックの神話や象徴についての理解の相違であると思うが、それは後述したい。
(3)Bultmann, Rudorf : Jesus Christ and mythology, New York, Charles Scribner's Sons, 1958, pp.32−34.
(4)Bultmann, Rudorf :"Neues Testtament und Mythologie" in Kerygma und Mythos, Band 1, edit. by Hans Werner Bartsch,
Reich, Evangelischer Verlag, 1951, P.22.
(5)Tillich, Paul : Dynamics of faith, pp.48ff.
(6)ibid p.54.
(7)Bultmann, Rudorf : Jesus Christ and mythology,pp.68ff.
(8)ブルトマンは良くこのメランヒトンの言葉を新約聖書キリスト論をあらわすものとして引用している。例えば左記はその一例である。Bultmann, Rudolf : Glauben und Verstehen, Erster Band, Tuebingen, J.C.B.Mohr, 1954, p.262.
(9)ibid. p.262.
(10)Barth, Karl : Rudolf Bultmann ; Ein Versuch, ihn zu verstehen, Zollikon-Zyerrich, Evangelischer Verlag, pp.17−18.
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6
さて、私は此の小論を進めて行くにあたって、此の段階でブルトマン等の実存論的神学に対する重要な一つの批判を問題にしなければならないように思う。それはブルトマン等の言う実存論的神学は、結局のところ人間のモノローグに終るのであって、人間が神に服従すると言う神学本来の対話的本質が失われると言う批判である。此の点については、前述せるところの、ブルトマンによる神を「父」と称することについての説明で既に解答が与えられていると私は思うが、併し、更に此の小論を展開するために適当な論述の糸口を与えると思われるので、取上げてみたいと思う。
例えば此の種の批判の一つにカール・バルトのものがある。それは、ブルトマンの非神話化を徹底させるならば結局福音は福音ならざるものになると言う批判である。むしろブルトマンの非神話化はキリスト教を律法主義化するものではないであろうかとバルトは問う。バルトによれば、キリストがブルトマンに於ては神からの我々に対する恵みの賜物として理解されるよりも、キリストに於て神が我々に決断を要求するところの、決断の要求という律法にかえられていると言うのである(1)。
又、ティリックもカール・バルトと同じような点をブルトマンについて批判している。ポール・ティリックによれば、ブルトマンの神学は実存主義的自由主義(Existentialist Liberalism)である(2)。此の場合の自由主義という言葉の色合はティリックによるならば、イエスの教えをキリスト教の本質であると考えた近代主義のことである。即ち、近代主義とは普通の我々の理解によれば社会的福音であって、ハルナックのように神の国と言うものが非常に内在化された形で考えられており、それがイエスの教えの中心であると考えられたのであって、人々にそれに従うことを要求した律法的なものであったのである。自由主義と言う言葉により、ポール・ティリックはブルトマン批判において、近代主義的な自由主義とは違うけれども、しかしなお実存主義的な自由主義とでも言うべきものがブルトマンにあると言うのである。実存主義的な意味で人間から決断を要求するような意味で福音が律法化されている自由主義であると言うのである。
此の批判に対するブルトマンの答は明瞭であると私は思う。即ち、神の働きは世俗的出来事の外側においてではなく、内側において生起するのであって、その働きは信仰の眼によってのみ洞察されるものである。即ち、ブルトマンが人間の実存的な決断を要求するものとしてケリュグマの本質を理解している時、それは律法主義を意味するものでなく、むしろ、極めて人間的な事柄である決断と言うことの中で、我々は隠されたる神により選ばれ、捕えられていると言うことを信仰告白的体験として把握するのである。さもなければ、神の働きは世界観的なものとして、対象的に把握されてしまうことになろう。
バルトが言うような意味でのモノローグ的な律法主義や、ポール・ティリックの言うような意味での実存主義的自由主義と言う批判がブルトマンにあたらないことは明らかになったと思う。即ち、ブルトマンに於ても実存的な決断は神の側から要求されたものとして、そして、神の働きであるものとして考えられ得ると理解されており、決して人間のモノローグではない。それ故に、私はそこに於て古典的キリスト論や古典的三位一体論を生かし得る余地が存在すると思うのである。もし、古典的キリスト論や三位一体論を生かし得る余地を持たないような実存論的解釈を続けていくならば、これはキリスト教ではないもの、即ち、神学が実存主義的な哲学に転換することになると私は思う。即ち、此のような実存的決断を要求するような仕方で神について考えてゆかねばならないと言う主張こそ実存論的神学の主張である。実存とは対立する――この対立は反対と言う意味の対立ではなく、向い合っていると言う意味の対立であるが――神についての思索をする場合に我々の決断を要求するような思索の仕方をするのである。我々の実存的決断を鈍らせるような思索を全部捨て、我々の決断を鈍らせるどころか、むしろこれを促すような思索を我々に対立するものとしての神、人格的な神、について考えていくならば、私はそこに新しい形態でのキリスト論、新しい形態での三位一体論の展開の余地があり得ると思う。
それでは、具体的にどう言う形態でそれが展開され得るかを簡単に述べてみたい(4)。
註
(1)Barth, Karl : Rudolf Bultmabb, pp.18−19.
(2)Tillich, Paul : Systematic theology, vol.2, p.61ff.
(3)Bultmann, Rudolf : Jesus Christ and mythology, pp.61ff.
(4)このような対立するものとしての神、人格的に我々に話しかけ実存的決断を要求するものとしての神が、今までの私の神学の中では生かされていなかった。その根本的な原因を、私は私自身の持っていた神秘的存在論(Mystical Ontology)にあったと思う。此の点私はティリックに非常に影響されていた。ポール・ティリックにとっては神は存在の根底であり、存在そのものである。勿論、ポール・ティリックは自己の神観が汎神論的なものでもなく、又はライプニッツのように、神が何か一つの存在(a being)、実存化された存在として考えられてもいないと言う。即ち、汎神論的(スピノザにより代表されるような)存在論的な神に対しても、又、ライプニッツ的な実存としての神に対しても共に反対するような意味で存在の根底としての神を彼は主張しているのである。存在の根底は創造的なしかも我々の存在を支えるような意味での存在の根底であって、それはこのようなものをあらわす一つの象徴である。しかし我々がポール・ティリックの書物を読んで感ずることは、むしろどちらかと言うとポール・ティリックの存在の根底としての神は、スピノザ的なものに近いと言うことである。そのような神は果して、人格的な神と言えるであろうか。結局そのような神は哲学者の神であって我々に、我と汝と言う形に於て対話の関係に入るような神ではないのではないか。このように考えて、私はそのような神秘的存在論と別れを告げざるを得なくなった。
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7
それでは実存論的にキリスト論を考えてみる時、どのようなキリスト論が展開されるであろうか。
非神話化した後のブルトマンのイエスについての考えは、イエスに於て、神と私が出合うということである。即ち、そのイエスと言う人物が聖書の神話的表現において、例えば人の子と言うような存在であっても、その意味は何であるかと言うと、イエスと言う人間に於て私が神と出合うと言うことであり、それが非神話化された後に語られていることである。このように考えるならば明らかに古典的なキリスト論を生かし得る余地がある。勿論それは古典的キリスト論の非神話化を伴うことであるけれども。もはやブルトマンに於てはイエスが神話的にどのような存在として考えられたとしても、それとは一応無関係な意味でイエスと言う人間に於て神が私と出合い給うと言うことがいわれているのであるから、イエスに於て神が歴史の中で私と出合い給うのであると言う神学的表現が可能である。言い換えるならば、歴史の中に於て我々が神と出合うのはイエスと言う場所に於てだけであると言う表現の仕方が可能なわけである。これを言うことは決してブルトマンの言う意味での神話ではない。むしろ我々の実存的な決断を促すような意味に於てあの二千年前のイエスと言う人物に於て起った出来事を通して、私が今ここで神と出合い得る可能性を持つことが出来ると言うことを意味するのである。此のような立場から言うならば、このイエスの出来事を通して以外に神と出合えないのであると言う主張は当然キリスト論を発展させる可能性をもっている。
実は、私は此のような見解に立って、ティリックの画像の比論の問題を前に紹介したのであった。そこでは、福音書の我々の実存的決断を迫るような意味でのケリュグマの中にあらわれているイエス像がティリックによって問題にされているのであって、このイエス像はブルトマンの言葉を適用するならば実存史(Geschichite)の問題であって、決して世界史(Historie)の問題ではない。ここでティリックは世界史的なイエス像と実存史的なイエス像とを区別しつつ、しかもなお関係づけていると言う独創的な試みをやっているのである。神の事件としての、即ち、アガペー的な人物としてのイエス像が福音書に書かれているとの主張であって、そのような福音書のイエス像に出合うと言うことは我々の実存的な決断を要求するようなイエス像に出合うと言うことである。私は必ずしもポール・ティリックの言っているような意味での我々の存在の根底としての神を受け入れないでも此の画像の比論についての彼の考えを受け入れ得ると思う。このような画像の比論と言う考えを受け入れていくならば、一応ブルトマンに於てはなにかイエスの人物像が背後に退いてしまって、罪の赦しのことばとしてのイエスだけが前面に出ており、何かイエスが幅を持たない点的なものとして考えられてしまっているかの如き感を与えるに対して、実存的な我々の決断を要求するものとしてイエスの出来事を考えつつもなおイエスの人物像を生かすことの可能性を見出すことができると思う。
私は復活の考え方についてもティリックの考えを受け入れたいのである。ブルトマンの復活の考え方においては、我々と向い合っていると言う意味での対立するものとしての復活が背後に退いてしまって、我々の実存的な決断、即ち、我々が古き我に死んで新しき生命に甦えると言う実存的な決断としての復活が前面に強く出ている。ティリックは伝統的に三つの復活についての考えがあったと考えている(1)。第一は、実際に現実の我々がもっている肉体が復活すると言う原始的な復活の考え方である。第二は、霊的な経験として復活を取扱っているもの、例えば使徒パウロによって代表されるような復活の考え方である。即ちパウロは我々の現実のままの肉体が復活するのではなく、新しい霊的な体を与えられて復活すると書いているのである。第三は、ポール・ティリックによると、心理的な復活の説明であるとされている。これは我々の魂の中での出来事として復活を考えることを意味するのであって、例えばイエスの弟子達の心の中に於て復活の経験が起ったとするが如きである。ポール・ティリック自身の考えはどうであるかと言うと、彼はそれを回復説(restitution theory)と言う言葉で表わしている。即ち、その説明によればイエス・キリストが十字架にかけられた後に何事かが起ったのであって、それが何であったかを説明すると言う科学的歴史的なことが我々にとって重要なことではない。併し、この復活の出来事がどのような事態を引き起したかと言うことを知ることは重要である。即ち、此の出来事を通して、福音書の中に現われているようなイエス像が神についての弟子達の考えと一つになったのである。言い換えるならば、この復活の出来事以後に於ては、神について考えるときに、彼らの幻の中に於ては、その神の幻と福音書の中に現わされているイエスの画像とが一つになってきたのである。神を考えるに当り、もはやイエスの十字架にかけられた姿を除いてはそれを考えられなくなって来たこと、これが復活である。此のようにティリックは考えている。私は此のようなティリックの考え方が、非常に実存史的なものであると思う。即ち、今の我々が、神を考える時に、もはやあの福音書の中に現われているようなイエスの画像を除いては考えられなくなってしまったと言うこと、そして、そのような神が、我々に実存的な決断を要求する神であると言うこと――こう考えるならば私は明らかに此のような復活の考え方は実存史的なものであると思う。所謂ブルトマンが非難するような意味での神話ではないのである。私にとってもはや空虚の墓にあらわされているような事柄は神学の次元とは異った純粋に科学的な歴史研究に任せておけばよいことである。もはや、私は神学者としてはそのような発言をする必要を持たない。
此のように考えられる時、三位一体論はどう言う仕方で考えられるであろうか。我々は、自己の信仰の実存論的分析理解を通して、イエスに於て我々に出合うところの歴史の中に入りこんで来た神と、我々の決断と言う経験の中で逆説的に経験される聖霊なる神と、そして我々の決断に向い合って存在するところの超越的な父なる神とについて考えざるを得ない。此のようにして古典的三位一体論が実存論的に解釈され生かされてくるのである。
註
Tillich, Paul : Systematic theology, vol.2, pp.155ff
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後記
私はこの論文を契機として、今までの私の立場から抜け出たと言ってよいのではないかと思う。反省してみる時に、私の今までの立場には二つの傾向が存在していたと考えられる。その一つは、この論文にあらわれているように、ブルトマンにみられるような極めて実存論的な傾向である。もう一つの傾向はフリードリッヒ・フォン・ヒューゲルによって強く影響され、それ以後私の中に生きていた神秘的存在論である。この後者がポール・ティリックの中にある神秘的存在論と共通なものを私に与えて、そして、極めて古典的な神学に私を近づけていたのである。私は今まで、以上の二つの傾向を調和させようとの努力をして来たのであるが、もはやその可能性がないと結論せざるを得なくなった。即ち神秘的存在論は聖書的な我々に決断を迫る人格的な神とどうしても調和し得ないと思うようになったのである。それ故に、私は自分の中にある実存論的な神学の傾向を更に押し進め、私の中にあった神秘的なものを、その実存論的方向によって解釈し直さなければならなくなったのである。このことが此の論文を契機として、これからの私の歩みを決定して行くであろう。
更に私は此の論文を書くにあたって北森嘉蔵教授と小田切信男博士との間に行われたキリスト論論争に刺激された。(「開拓者」(日本基督教青年会同盟発行)昭和三十年十二月号より同三十一年六月号)、此の論争は最近の日本における最も生産的なものの一つであったと私は思う。更に私はカール・マイケルソン教授による神学的な刺激を感謝したい。此の刺激なしには此の論文は産れてこなかったかも知れないのである。
この小論は恩師石原先生への感謝をもって終始書かれたのであって、順序からは最後になってしまったけれども、先生に深い敬意を此処に表わしておきたい。
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〔テクスト入力関する注〕
(1)文中のブルトマン引用箇所内のギリシャ語には気息記号とアクセント記号を付されていますが、テクスト化にさいしては技術上の理由から省略させていただきました。
(2)ウムラウト記号は、原文では、例えば「uウムラウト」は「ue]となっていたので、そのまま入力しています。
(4)同様にエスツェットは「ss」となっていたので、そのまま入力してあります。
入力:平岡広志
http://www.geocities.co.jp/SweetHome-Brown/3753/
2003.5.4